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 白夜天音。  彼を表す言葉を挙げれば枚挙にいとまがない。  文武両道、容姿端麗を地でいく我が校の生徒会長。魔導七大家(この国の魔法の名門の七家。政治にも強い影響力を持つ)に数えられ、黒野と対をなす白夜の嫡子。白夜期待のエリート。国家魔術師資格の最年少記録保持者。入学時の魔法実技試験を満点でパスした史上初の生徒。先の遠征での"闇"討伐数一位。一人が持つ親衛隊の人数の最高記録保持者。聖峰学園唯一の光魔法行使者。  立場、魔法、指輪、人望、…俺にないものを全部持っているくせに、会うたび会うたび喧嘩を売ってくる嫌なやつ。  そして原作では、主人公がルートに入った場合、権力や交渉、脅しをフル活用して黒野を死刑にする男だ。  ゲームとして遊んでいた分には「この世界これで死刑になるのマジかよ、法律ガバすぎじゃん?」とか笑っていたものだが、それがわが身に降りかかるとなれば笑ってはいられない。  ルートに入らなかった場合でも、ルート個別の制裁にはだいたいこいつが関与してくるので油断してはならない。  原作の黒野は確かに主人公への暴言や嫌がらせを繰り返してはいたが、それの代償として死刑が釣り合うものだったかといわれれば、明らかにそんなことはないだろう。  黒野の行動は主人公からすれば理不尽で一方的なものだったが、一応生徒どうしのいざこざの範疇に収まるものであったはずだ。俺が黒野であるため贔屓目もだいぶ入っているかもしれないが、それにしても死刑は重過ぎる。  白夜のキャラ紹介を思い出す。  白夜天音は「天才俺様生徒会長」だ。「大家白夜の跡取りであり本人も多才なため幼いころから挫折というものを知らずに育った」ことから、「自分の思い通りにならないことを嫌う」。ただし「自分の予想を完全に裏切る主人公にだけは逆に心を開き気に入る」ので、主人公は例外である。  天才というだけあって罪誓では作中ほぼ最強のキャラであり、ルートに入った場合主人公をすべての脅威から守り導く心強い伴侶となる。  ステータス設定もだいぶぶっこわれており、こいつ一人いればラスボスとの戦闘に復活アイテムを持っていく必要はほぼない。縛りプレイでは真っ先に封印されるキャラである。  俺様というとなんとなく聞こえはいいが、要は暴君だ。気に入らない人間は容赦なく潰すし壊す。  そんな人が主人公には甘く愛を囁くギャップがたまらないと前世の姉はキャーキャー言っていたし実際人気はあったようだが、現実にいるとなると話は別だし、そのせいで殺されるとなると大分実害がある。  なんというか、ゲーム中の黒野の死刑の原因の一つは、白夜に個人的に嫌われていたことである。実際原作の罪誓では、自分と仲が悪いうえに恋人につらく当たる人間を生かしておく理由がなかったと白夜ルートで本人から説明されている。  ゲームをやっている最中は思考停止で流し読みしていたが、今考えるとかなり無茶苦茶な理由である。  しかもこの話を持ち出したのが卒業後に主人公と家で酒を飲んでいた際の雑談というのだから驚きである。そんなもう一本開けようぜみたいなノリで人をポンポン殺すな。白夜の情操教育どうなってんだ。  話を戻そう。  罪誓原作の白夜ルートで黒野が白夜によって死刑にされた要因は三つある。  一つ目は白夜の権力がえげつなかったこと。  二つ目は主人公へのあたりが強かったこと。   三つ目は白夜に嫌われていたこと。  主人公が白夜ルートに入ると仮定して、少し対策を考えてみる。  一つ目。これは本当にどうしようもない。  白夜が七大家の中でも有力な家であることは変えようのない事実だ。  既に国の中枢にも太いパイプを持っているし、望めば人ひとり死刑にする程度わけはない。俺が今からどうにかして変えられるものではないだろう。  二つ目。これはまあ、主人公が来た瞬間、どうにかして逃げまくればいい。  ちょっと不安なところではあるが、やってできないことではないだろう。  色々と問題はあるかもしれないが、命がなくなるよりは多分マシだ。  三つ目。これが一番難しい。そして一番解決するべき問題である。  一番良いのは白夜と友人になることだろうが、普通に考えてそれは無理だ。  生徒会と風紀委員会は仲が悪い。  それ以前にたぶん白夜は個人として俺が嫌いだし、俺も個人としての白夜が嫌いだ。  俺が持っていないものを全部持っていながら、目の奥を輝かせて、まだまだ何も足りないみたいな顔をしているこいつが嫌いだ。  俺と同じ七家の跡取りのくせに、捨てるものなんてどこにもないような態度でどこにだってその足で歩いていけるのが憎い。  子供みたいな笑顔で、届くことなんて絶対にありえないようなものを追いかけて、最後には力技で手に入れてしまう白夜天音という男の在り方にどうしようもなく苛々する。  ともかく、俺と白夜が仲良くやっていくなんてことは絶対にありえない。  が、白夜天音というキャラクターを敵に回すことは、どのルートにおいても死に近づくことを意味する。  だから、多分これが正解だ。 「言ってくれるじゃねえか。だが…」 「すまない」  口喧嘩を続けようとする白夜に頭を下げる。  顔は見えなかったが、驚いたような雰囲気が伝わってきた。  その隙をつくように言葉を並べる。 「言い過ぎた。俺が悪かった」  礼の角度はきっちり90度!使ってない方の腕はできる限り腿にそえて!  つまりは全力の命乞いである。プライドも何もない。正直男としてどうなのかとは思うが、誰だって命は惜しい。  懐柔はできない。  それなら残りの学園生活期間中、全力で逃げ続ければいいのだ。今回ケンカ売ってきたのは向こうなのでなんか釈然としないし、だいぶ情けない答えだが、プライドで死刑台は壊せないのである。 「白夜天音が聡明で平等な人間であることはよく知っている」  フォローも入れておく。  言ってから気づいたけど平等ではないかな!立ち回り的に賢くはあるけど!そのせいで俺死ぬし! 「闇の気配は押収品だ。これから解析に回す」  なんでもいいけど背中に背負ったままの当馬が重い。軽い筋トレ状態だ。  いやまあ正直、白夜がどう出るかはわからない。  一番いいのは普通に許すとかなんとか言ってこの場を収めてくれること。「許す」みたいな言質がとれれば最高だ。  次が興をそがれて帰ってくれること。  万一逆ギレされたら最悪だが、その時は普通にダッシュで逃げよう。あとはほとぼりが冷めるまで全力で避けまくる。…我ながら無計画なことだ。  とはいえ、結果はさして重要ではない。ここで一番大切なのは、俺がここで謝ることで「会長にこれ以上たてつきません」という意思を見せることだ。幸い証人となる一般生徒もたくさんいる。白夜への態度が明日から全力で逃げる方向に変わっても、別段不自然に思われることはないだろう。  と、白夜が動いた気配がした。  同時に、 「会長!?何を…」  いつもニコニコしている副会長の珍しく焦ったような声。 「うるせえ。始末はつける」   白夜の声は低く、こころなしか不機嫌そうだ。 「…やれやれ。僕は手伝いませんからね」 「はっ、てめえに手伝わすほどじゃねえだろ」  ガサ、と布の擦れる音。それから、  カチッ。  リングケースを開ける音。 「やめろ!」  弾かれたように顔を上げた。ケースの蓋に遮られて見えないが、たしかに指輪はそこにある。  白夜へと走り出す。当馬が廊下に転がる。ゴツッとよくない音が聞こえた。心の中だけで謝っておく。  最悪だ。  最悪の想定を超えた最悪だ!  あいつ、逆ギレを通り越して、ここで魔法ぶっぱなすつもりだ!  バカか!?理解を超えたバカだ!そこまではさすがに予想できなかった!  白夜の魔法は広範囲型だ。そのうえ天才の名に恥じない高火力。  こんなところで放てば死人が出る。  本人が一番わかっているはずだが、それを吹き飛ばすほどに俺への怒りが強かったのか。  なんにせよ読み違えた。俺の責任だ。クソ!  あと数歩。数歩で届く。  そう思ったとき、白夜の口が開いた。  詠唱だ。  気づいてもどうにもできない。  だめだ、間に合わな_______
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