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 と、廊下の向こうが騒がしいことに気が付いた。  危険なものに対する警戒のざわつきではなく、どちらかといえば高揚に浮ついたような騒めき。俺の撒いた静寂を覆して徐々に大きくなる黄色い歓声。  あ、やべ、と直感した。  この学園には、娯楽と呼べるものがあまり多くない。  そこそこ高い山の上にあるので近くに店はおろか家すらもなく、最寄りの街に下りるには許可を取ったうえで専用の乗り物を使う必要がある。  携帯やゲームの類は持ち込み禁止で、娯楽と呼べる娯楽は申し訳程度に寮のロビーに置いてあるテレビくらいだ。    外界から隔離されたこの環境は学生が勉学に集中できるようにという学園側の配慮らしいが、しかし、ここにいるのは性欲・精力の有り余った男子高校生たちである。  そういった欲をどこにも吐き出さずに我慢するのは現実的ではない。  それに、この世界では同性どうしがくんずほぐれつで愛なり恋なりをはぐくむことはごくごく自然なことだ。むしろ今の俺のように女の子の方が好きだと思っている男の方が異端である。  そしてその結果、暇さえあれば男同士で盛ることになる。男子トイレとかもう魔窟だ。いつ見てもどこかの個室は締め切りで、中から水音が聞こえてくる。地獄か?  さて、そんなわけで我が校ではそこら中で男が男のケツを追っかけているわけだが、彼らの中にもだいたいの種別やヒエラルキーのようなものがある。  まず、生徒会。  これは言わずもがなで、ヒエラルキーの頂点にあたる。ケツを追いかける側か追いかけられる側かでいえば必ず後者だ。彼らに取り入れれば学園の中枢に入り込めるわけだし、いずれも良家の子息。それでなくても見目の良いやつらばかり。当然超のつく優良物件だ。納得のいく話である。  ただ、彼らに関しては公式に親衛隊が存在することもあって、現実的な恋愛対象というよりかは崇拝対象というか、一種の偶像のようなものになっている。  彼らの恋愛やお気に入りの噂は瞬く間に学園中を駆け巡り、その相手はすぐに親衛隊によって制裁される。ただし、本人が表立ってかばったり、相手が同じく特権階級だったりする場合は別である。  彼らは学園において特殊な立ち位置であり、親衛隊も死ぬほど強火なので、平穏な学生生活を送りたいならかかわらないべきである。あと単純に人格のアクが強いので関わりたくない。  まあ、こいつらは左胸に生徒会の紋章の入ったブローチをつけているし、彼らがいる場所は非常に騒がしくなるのでわかりやすく、回避は比較的容易だ。  次にそれ以外の親衛隊持ち。  これも文字通りで、生徒会以外で自分の親衛隊を持っているやつらだ。ヒエラルキーでは生徒会の次点にあたる。学校公認ではないので、ファンが勝手に名乗っているだけともいう。いや、学校公認のファンクラブってなんだよという話ではあるのだが、正気に戻ってはいけない。今はその他の親衛隊の話だ。  公式の親衛隊とそうでない親衛隊の違いは今はおいておくとして、親衛隊持ちの生徒というのは、基本的に生徒会所属以外の顔の良い良家のお坊ちゃんである。  良家という条件があるのは別に家柄や歴史がどうという話ではなく、使う魔法、ひいては指輪に関係がある。  この世界のステータスの一つに、使える魔法の威力や種類、その珍しさがある。あとでまた話すだろうが、この世界の魔法は基本的に指輪を介して発動される。  歴史が長く古い家ほど強い指輪を持っている傾向にあるため、指輪や魔法といった点では優遇されやすい。  彼らにも親衛隊があるため、扱いとしてはアイドルやなんかに近く、恋人やお気に入りの噂が流れれば生徒会の時と同じく親衛隊が出動する。  公式でなくても親衛隊が存在し、若干の特権的立場にあるためやっぱり関わらない方が安心できる。  こいつらの一番厄介な点は、初見で親衛隊もちだと見抜くことが難しい点である。クラス替え直後にとりあえず隣の席のやつに話しかけたらそいつが親衛隊持ちで、後で親衛隊の生徒たちにこっぴどい目にあわされたなんて話はよくある。  次が生徒会の親衛隊幹部、その次に非公式親衛隊幹部。  彼らは親衛隊持ちではないが、崇拝対象に近い位置の存在ということで大きい顔ができる。  このあたりから一般の生徒でも手が届く存在になってきて、親衛隊を持たない一般生徒たちと続く。  要するに、だ。  そこに居るだけでこれだけの歓声があがる生徒となると、大規模な親衛隊もちか生徒会役員しかいないということだ!  前者ならまあいい。  その生徒が目の前でなにかしらやらかさない限り俺の出番はないし、風紀委員の前でわざわざやらかす奴はほぼいない。穏便にスルーできる。    問題は後者の場合だ。  いやだ、本当に嫌だ!嫌というかあいつらめんどくさいんだよ!いやめんどくさいだけじゃなくて普通に嫌だけど!いや違う、なんでもいいけどいやいや言い過ぎてゲシュタルト崩壊してるな!?  なんでこんなに嫌がるのかってそれは、 「なんだ?おい、闇が入り込んでるじゃねえか」 「そのようですね。…それにしては廊下の様子が綺麗すぎますが」  廊下の向こうから声。片方は低く男らしく、もう片方は男性にしてはやわらかい印象を受ける。そして両方声優かというくらい声が良い。  すぐに声の主たちが姿を現した。  一人は白い髪に青の瞳の男。もう一人と比較すると若干がっしりしている。  もう一人は背中まで伸ばした淡い色の髪を一つに結んでいる、笑顔の男。  二人とも左胸に生徒会の紋章が見える。  うわああああああ!もうやだ!!そのフラグ回収はいらなかった!!  白の方が速足に歩いてくる。  こちらを見とめると、その表情が嘲るようなものに変わった。 「はっ、闇かと思えばてめえかよ。己の無才に痺れを切らしてついに禁忌に手を染めたか?黒野の落ちこぼれ」   「相変わらず山勘と偏見頼りの素晴らしい推論だな。さすがは白夜の跡継様だ」  相槌のように憎まれ口をたたいて、こちらを見下ろす青色の瞳に視線を返す。  もうやだこいつ。本当に会いたくなかった。  なぜなら、生徒会と風紀委員会は、伝統的に死ぬほど仲が悪いからだ!
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