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 うららかな春の日差しが差し込む廊下。学校の放課後らしいそれなりの喧噪と人通りの中、それとは対照的にぽっかりと遠巻きにされている一角があった。 「ふむ。それで、会長は校門の方角へ走っていったと」  副会長が尋ねると、会長の逃走を目撃したという小柄な生徒は肩をびくりと震わせた。 「は、はいぃ...!そうです、あっちの方向に走っていきました...!」  そう言って廊下の一方を指す。確かに俺たちの来た方向とは逆方向だった。 「会長さまの銀髪は珍しいですし、速すぎて見えたのは一瞬でしたが、生徒会のバッジをつけていたように思います...。た、たしかに会長さまだったかと...!」 「ふむ...」  一通り話を聞き終えると、副会長はにこりと笑った。 「わかりました。ご協力ありがとうございました」 「いっ、いえっ!全然!副会長さまの頼みでしたら何でも、いくらでもお引き受けしますっ!」  恐縮と興奮の入り混じった様子で生徒が胸を張る。それから少しためらうような素振りを見せて、 「あ、あのぅ...お体はもう、大丈夫なのでしょうか...」  副会長は笑って何事か答えると、生徒に背を向けて歩き出す。生徒はそれを心配そうに見つめていたが、俺と目が合うとびくりと体を跳ねさせてどこかへ駆け出してしまった。遠巻きに見ていた生徒たちも一斉に目をそらす。いずれ慣れるのかもしれないが、罪悪感と謎の胸の痛みがすごい。明日から変装とかした方がいいだろうか。  気を取り直して手元の半透明の球体を見る。これは魔力の残滓を追跡できるアイテムで、強い魔術を使った人間の足取りを追うときなんかに役立つ。  魔力の探知は結構上等な技術で、魔術師とはいえ全員が完璧にこなせるわけではない。この学園に通うような魔術師の卵ならなおさらだ。とはいえ、実戦を想定した演習などではそうも言っていられない。実戦では、できないからやりませんというのは通らない。いやまあ通りはするが、それを実行した次の瞬間に自分が死ぬだけだ。  だが、実際の話、いくら頭で理屈を理解していても、できなければならないとわかっていても、それでもやっぱりできないものはできないのだ。至極当然である。技術を扱うには、それなりに熟練だったり経験がいる。有象無象を死地へ放りこんで生き残った者だけを兵にするような前時代的なやり方は、今日日の発展した社会では通用しないのである。  ということで、そんな魔術師の卵たちのために開発されたのがこの魔力探知機だ。強い魔力を検知すると、その強さによっていろいろな色の光を発する。魔力が強ければ赤く、弱ければ青く、というような具合だ。判別できるのが魔力の強度のみで、種類はわからないのが欠点だが、ありがたいことに使用に魔力を必要とせず、ロストでも問題なく使えるものになっているので重宝している。  これはゲームのときから登場していたアイテムで、その仕様のせいで俺にとっては少しばかり因縁のある相手だ。因縁といってもそんなに大したものではないのだが、どうせなので話してしまおう。   罪誓にこれを使ったミニゲームがあった。  ざっくり言うとそのミニゲームは暗闇のマップの中で魔力探知機の光のみを頼りに主人公を操作して魔力を発する敵を探すというようなものだったのだが、その時点で一番好感度の高いキャラが自動的にペアとしてついてくる仕様のせいで事故が起きた。  簡単に言うと、直前の戦闘で魔法を使わせた状態の白夜を連れていくと、魔力探知機がその魔力に反応してしまい使い物にならなくなるのだ。いわゆるバグである。  魔力反応なんて数度イベントで出てくるかどうかの登場頻度なんだからそこまで律儀に作りこむ必要はなかったんじゃないかと思うが、どうやら戦闘後の魔力反応自体をコモンイベント化していたらしい。  どこを歩いても真っ赤以外の反応を示さない探知機に、仕方なくマップを端から端までくまなく歩いて攻略するプレイヤーが続出した。BLゲームがマップ覚えゲーになった瞬間である。俺もその例に漏れず、ここで大分無駄な時間を溶かした。  このイベントでは敵との近さに応じて同行キャラが専用セリフを話すのだが、この状況になると主人公の位置にかかわらず同行者(白夜)が「近いな...。大丈夫だ、〇〇。てめえにはこの俺がついてる」しか言わなくなる。  なんというか若干シュールな画面なので、白夜ファンには黒歴史として扱われているらしい。   大分脱線してしまったが、要するに白夜の魔力はそれだけ追いやすいという話だ。  副会長の聞いていた話から考えても、方向はこっちで間違っていないだろう。魔力探知機をしまって歩き出す。  なんにせよ校門方向なら都合がいい。当馬を入れておく予定の施設の入り口も同じ方向だし、気になることもある。  と、咳払いとともに、背後から咎めるような声がかけられた。 「待ちなさい、風紀委員長」  げえ。  生徒会と風紀委員会の間で所属の名前が出るときは、だいたいろくな話ではない。むしろ手を出すなというけん制の意味が強いほどだ。  幸運にもというべきか、俺の表情筋は仕事を放棄している。面倒だという気持ちをおくびにも出さずに振り向けば、にこにこと笑みを浮かべる副会長がいた。 「ここから先は生徒会の仕事です。道具なしでは魔力も追えないような人間に任せるようなことはありません」  ああ、やっぱりろくな話ではなかった。
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