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第三話
だんだんと意識がはっしりしていくと、己の状況が見えてきた。ここは、おそらくラブホテルだ。ビジネスホテルよりも華美な内装が、覚醒したばかりの目には痛かった。
俺が目を覚ましたことに気づくと、愛撫していた口を止め隣に来て、手で竿を扱きながら耳元を舐めた。
「ちょ、なにしてんだよ…遼君!!」
「何って、セックスでしょ。"リョウちゃんとあわよくばヤれたらいいなあ"って思ってたんじゃないんですか?」
「ちが…俺は…」
「それとも、さすがに男じゃ気分乗らないですか?」
確かに想像していた"リョウちゃん"には多少なりとも下心を抱いていた。だけど実際は男だったわけだし、こうなるなんて夢にも思わなかった。後者だと言いたいが、一向に自分のそれは萎える気配がなかった。扱いているし細い指も、耳元に寄せられた唇にも、俺は興奮していたのだ。
「僕だって、無理矢理抱くのは趣味じゃないですから。止めてほしいんだったら止めるんで、言ってください」
遼君の体が離れた。その瞬間、俺は無意識に彼の手を掴んでいた。遼君は、勝ち誇ったように笑った。
「欲に忠実な人って、大好きだな」
意地悪な言葉に、胸が擽られた。
「でも、俺…男としたことなんてないから、やり方がわかんないよ…」
情けなく声が震えた。体が燃えるように熱かった。
「バーで見ていた時から思っていたけど…可愛い人、ですね」
遼君を見ると、欲に当てられたような目をしていた。
視線と一緒に、唇が耳から離れ、首筋、乳首へと下がっていった。
「あっ…」
今まで出したことのないような声に驚きが隠せなかった。自分の中に、知らないもう一人の人間がいるようだ。そいつは、遼君と交わる度にどんどん姿を現していく。
「僕にそのまま、体を預けて….何もしなくていいですから」
生暖かい液体が、菊紋に注がれる。異物を押し出そうと硬くなる身体を遼君が撫でた。
「力抜いて…その方が、楽ですから」
そこから、ゆっくり、ゆっくりと遼君の指が入ってきた。細いといっても、何かが入ったことがない未知の穴はギチギチと音を立てて、遼君の指を締め付けた。
「---!!!」
裂けるような痛みに思わず歯を食いしばった。すると
「言ったでしょう、力を抜いて」
と優しく囁かれた。耳や首を愛撫する唇のおかげか、ローションのおかげか、解れてきた穴は2本目の指もするりと受け入れた。すると、味わったことのない快感が身体中を駆け巡った。息が荒くなるのがわかった。
「そろそろ良いかな…」
その言葉と共に指が抜かれ、寂しくなったそこが震えた。フィルムを破る音がして、遼君の方を見ると、コンドームを装着していた。可愛い顔に似合わず、彼のモノは大きく、凶悪に思えた。
「入れますね」
ぐるり、と身体が反転され、尻を突き出す形になった。青山さんを担いだ時も思ったが、この細腕のどこにそんな力があるのだろう。
俺は女じゃないからもちろん入れる穴なんて、さっき解された所以外にあるわけがない。そこに、入れるなんてーーー。考えている途中で、無遠慮に遼君自身が体内に入り込んで来た。全てが初めての経験だった。その上で俺が言えることは…今までしたセックスの中で、比べるまでもなく一番良かったということだ。
行為が終わり脱力している俺の側で、シャワーを浴び終えた遼君が、煙草に火をつけた。
電子煙草が主流の今、今時珍しい紙煙草だった。美味そうに吸い、煙を吐き出す。それを何回か繰り返し、灰皿で揉み消した。そして、それを終えると遼君は服を身につけて、金をテーブルに置いた。
「僕、帰りますね。身体辛かったら、泊まって行ってください」
あの、綺麗な微笑みだった。だが、酷く冷たい空気を纏っている。
「え、あの…」
「なんですか?」
遼君が不思議そうに顔を傾げた。そして、あぁと合点が言ったような表情で
「気持ち入っちゃいました?」
と冷たく言い放った。
「いるんですよねたまに。初めて同性とセックスして目覚めちゃうみたいな…でもすぐ治りますから。それに…」
"僕、貴方のこと穴としか思ってないんで"
鈍器で殴られたような衝撃だった。呆然とする俺を見て、
「まあでも、相性は悪くなかったから、また気分が乗ったら連絡してくださいよ」
と、遼君はラブホテルのメモ帳に数字の羅列を書いた。
「じゃあ」
ばたん、と音を立てて閉められたドア。それは、俺と遥君を隔てる"何か"のような気がした。俺はまた情けなくも、暫く動けなかった。
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