数奇な出会い

6/6
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 翌日、信長様に呼び出しを受けた。  通されたのは雑多に南蛮渡来の品々が並べられた部屋で、信長様は地球儀を転がしながら待っていた。  すでに部屋に招かれたにも拘らず、殿は口を開かず気だるげに地球儀を転がす。  一体何の話をするのだろうかと考えていると、不意に口を開いた。 「正道、お前は何者だ」  その問いは「俺が誰であるか」を聞いている訳ではないとすぐに理解できた。  その眼は俺をまっすぐ見つめている。始めて信長様に謁見した時のように、心の底を覗くような目だ。  下手な隠し事は下策だと思い、素直に打ち明ける事にした。 「俺の生まれた場所は争いのない平和な場所でした」 「ほう、そのような場所があるのか。どこだ」 「もうありません」 「……戦か?」 「いいえ、俺の居た国は戦など50年近く起きていません」 「貴様、ワシを謀っているのか」  僅かに不機嫌そうに睨む信長様。  普通であればそう思っても可笑しくはないだろう。だが、彼は口でこそ俺が嘘をついているような素振りで話すが、その眼は疑うよりも話の先を聞きたがっているように見えた。 「俺は、この先の未来から来ました。令和の二年といわれる今よりおよそ五百年後の日本より参りました」 「未来から来たと申すか。その証拠は?」 「すでにご覧になられたのではないでしょうか。私がこちらに来てから数日の間、荷物が少々動いた形跡がありました。大方、昨日の仕合の間に部下にでも探らせたのではないでしょうか。ものは何一つなくなっておりませんでしたが、しまわれていた物が少々不格好になっていた為、気付きました。  洋服にしろ、道具にしろ仕舞い方は様々。俺ですら手間取る荷物を初めて見た人間が元々の入っていた通りに戻せるとは思えません。  それでもかなり綺麗にまとまっていたので、相当努力はしたのでしょうがそれでも気付くには十分でした」  その言葉に信長様は「くはっ」とこらえきれない様子で笑った。 「仮にそうであったとして、何故それほど早く気付いた」  建前として家探ししたことは認めないが、その表情はすっかりあくどい笑みに切り替わっており楽しそうに口端を吊り上げていた。 「未来の道具を部屋に置きっぱなしにする時点で盗まれることも考えていただけです。俺は戻ってすぐにそれの確認を行い、誰かが触った痕跡と何一つ盗まれていない事に気が付きました。盗まず、荷物だけを漁る理由など1つです。身元を確かにする為の道具を探していたのでしょう。そしてその情報は必ず殿である、信長様に必ず届けられる筈……と推察をしました」    その言葉を聞き終えると「であるか」と小さく呟いたのち、膝を叩いた。 「よかろう、貴様がどこからの出自であるかは今後問わぬ。いずれは体を整える必要はあるが、今は置いておくとする。では別の質問を聞こうではないか」  あっさりと俺の出自についての問題が解決してしまい、肩透かしのような気持になった。もっと面倒な問答が待っていると思ったのだが……。 「別の質問とは?」 「外の世界を知っておるか?」 「外、とは海の向こうの国という意味でしょうか」 「うむ」 「知っているといえば知っていますが、それは未来での話。お恥ずかしいながら、勉学はあまり真面目ではなく歴史や他国の情報については少々自信がありません」 「なんだ、そうなのか」  今度は本気でがっかりした様な顔で肩を落とす。  ……もしかしてコッチが本題だった? 「ただ、今の日本……日の本では南蛮人に負け、良い様に使われる未来しかないと思います」 「ほう」  きらりと目を光らせ、身を乗り出す。 「うろ覚えですが、南蛮人はあれこれと珍しい物品を持ち込み絹や金を買い漁っていると思いますがどうでしょう?」 「うむ、ここらにある南蛮渡来の品々も交易によって得られたものだ」  部屋の周りを見るとやたらと日本の品とは思えない装飾をされた服や剣、鎧などが並べられていた。 「今は物品のやり取りだけで済んでいますが、近いうちにあちらは強硬手段に出る事でしょう」 「……戦になると?」 「すぐではありませんが、いずれ必ず」 「理由は?」 「支配です」  その言葉にピクリと眉を動かす。 「奴らは日の本の潤沢な資源を狙っております。今は交易という名目でこの地に降り立ち、少しずつ懐柔する手を選んでおりますが我らの警戒心に煮えを切らし、直接的な脅しに掛かります。  その結果、今より二百年後ほど未来で「日米修好通商条約」という決まりを汲まされます」 「その何とかという決まりはどのような物だ」 「平たく言えば、南蛮人が日の本で人を殺しても、我らの法で裁けないという一方的な物です」 「……なんだと? それでは罪人はどうなる」 「捕縛し、相手の国に引き渡されますが……その後は彼方にすべての主導権を握られ口出しは出来ません。裁いたと報告は入るかも知れませんが海の向こうの出来事、本当に行われたかは怪しい物です」  その言葉に険しい顔で聞いていた信長様は不愉快そうに唸った。 「なぜそのような一方的な約定を結んだ。時の将軍は無能かっ」 「それもあったかもしれません、ですが何より相手を知らな過ぎたのが問題です」 「相手を知らなかった?」 「当時の幕府は諸外国の戦力を知っていましたが、既にそれを挽回できるタイミングをとっくに過ぎていたのです。この約定が持ち出されたときにはすでに竹やりや刀しか武器が無い国と、種子島を十全に扱う兵士を大量に抱える国が争うようなレベルの戦力差だったのです。  当時の交渉人は諸外国との戦争回避をする為に、相手の不利な申し出を受けざるを得ない状態にあったのです。のちの世ではその交渉人の独断と言われておりますが、そうしなければ最悪の場合、多くの血が流れ日の本が力づくで支配されていた可能性もありました」 「なるほど、相手を知らなかったというのは『敵の戦力を知らずにその日まで対策を練らなかった』という事か」 「そうです。直前までの幕府の方針は南蛮人との取引を拒絶する鎖国を選んでいました。が、それは結果として相手を知る機会を奪う事に繋がりました。鎖国自体が悪かったとは言いませんが、それで安心して引き籠る事を選択したツケがこの時に来てしまったのだと思います」 「なるほど……な。お前はどうすべきだと思う?」  ここでの発言が大きく未来を変えることになるだろう。だが、それでもいいかもしれない。  すでに色々と変わりつつある世界だ。ならば俺の思うようにやらせてもらう。 「まずは日の本の天下統一。これに尽きるかと」   信長様は顎をしゃくりながら肘掛けに寄り掛かる。  懐から出した扇子を片手で開いたり閉じたりを繰り返し、瞼を閉じたまま聞き入る。  俺は続けて口を開く。 「今は戦国、多くの武将が覇権を奪い合い常に乱れた世が続いております。この現状では諸外国が攻めてきた時、弱った所を叩かれて漁夫の利となるだけです。早急に国を纏め、いずれ来る諸外国の者達に戦えるだけの知恵と力を身に着ける必要があると思います」  ……その言葉に暫く思案する信長様。  時間にして数分の事だったが、スッと立ち上がると目を見開き俺をまっすぐ見つめる。 「正道」 「はっ」  腹の底に響くような声に思わず背が伸びる。 「天下統一は元よりワシの目指すべき通過点であった。その後に争いのない太平の世を生み出す事……それがワシの至上命題であった。だが、貴様の言葉が事実とするならばそれすらも通過点……いや、それ以下の代物であったようだ。なれば日の本での内輪もめという些事にいつまでも手間取るわけにはいかぬ。  貴様の法力、それを存分に使わせてもらうぞ」 「はっ」 「事は迅速かつ丁寧さが必要だ。今はお前のできる事をせよ。例の開拓と開発、必ず成功させよ。それが明日を繋ぐ糧となろう」  俺はその言葉に深く頭を下げる。  すでに歴史は変わり始めている。ならば、可能な限り足掻いて俺の知る未来とは異なった新たな可能性を模索してみせる。  決意と共に、信長様に仕える覚悟を心に決めるのであった。  その2日後、俺と犬千代そして勝家の三人は清須城を後にした。  信長様に授けられた土地で法術の開発と土地の開拓をする為だ。  1人で馬に乗る事が出来ない俺の前には犬千代がまたがり、もう一頭の馬に勝家が跨っての旅路となった。  また、出立の際に軍資金として金の粒を相当数持たされた。  小判とは違うのかと感心していると、今の時代では金銭での報酬より米がそのまま報酬として支払われることが普通で、それでも元手が必要な場合にのみ豆粒のような金が支給された。 「銭や小判は無いの?」 「こばん?  なんだそれは、尾張では聞かないな。銭ならあるにはあるけど、これから行く村にはあまり価値はほとんどないな。商人のいない村では物々交換が殆どで、それが無い場合金の粒などにして保管をするんだ。銭とちがって金は価値が変わりにくいからな。ほれ、これが銭だ」  そう言って犬千代は懐から紐で口を縛っただけの袋という銭入れを取り出し、丸い銭を見せて来た。  何やら文字が刻まれているようだが、随分と使い込まれたせいか読みにくい。それと現代の5円玉のように穴が開いている。違いは丸い穴ではなく、四角い穴という事くらいだ。  ああそういえば鐚銭(びたせん)……銭の粗悪な奴が出回って価値が下がる事があったらしいな。  それに今の話の感じだと小判はまだないのか……。  この時代の金の種類とか全く分からないから、本来の歴史とずれてるのか分からないな。  とりあえず覚えておこう。 「ちなみにこの金一粒でどのくらい米が買えるの?」 「うーん、作物の出来次第にもよるけど一粒くらいじゃ20合も買えればいい買い方と言った所だろうな? これから行く先の畑や農民次第で悪くなるかもしれん。やはり物々交換などが喜ばれるからな。金の粒1つじゃ腹も膨れんよ」  犬千代はそう言って、詰まらなそうに粒の入った袋を見た。 「そうなのか……つまりあまり余裕があるってわけじゃないんだな」 「まあ、現地にもそれなりに蓄えがあるはずだからそれ次第と言った所だ」  これは本格的に法術での作物育成を進めて行かないとだな。上手くいけばいいが、もし失敗したら赤貧生活真っ逆さまだ。  俺を信じてついてきてくれた勝家や犬千代を飢えさせるわけにはいかない。何とかして成功させなくちゃな。   「それにしても殿から名を名を頂くだけでなく、家名まで貰うとはな」 「殿も正道を信用しているという証拠だろう!」  俺の呟きに並走していた勝家が嬉しそうに答える。  実は旅に出る直前、信長様に俺に名を与えてくださった。 「小庄である犬千代に前田という家名があるのに、お前だけいつまでも正道だけでは格好がつかぬ。本日より(いさみ)を名乗れ、お前は勇正道(いさみまさみち)だ」  名の由来については語る事は無く、おそらく勇気をもって正道を勧めいう意味合いなのだろうと俺は勝手に解釈している。  勇気という点においては確かに今の俺に足りないであろう要素の一つだ。これから起こるだろう万難辛苦、犬千代や勝家と共に突き進む覚悟を決めなくてはと心掛ける俺にとってこれ以上ない声援だ。  視線を後方に向け、既に小さくなりつつある清須城を見つめる。  とっくに人影などは見えない距離だというのに、なぜか未だに殿がこちらを見つめている気がして背筋が伸びる思いだった。  旅の道中は問題らしい問題は起きず、目的の村へと到着した。  村の名前は「清川村」で名前の通り、きれいな川が村の中に流れる静かで長閑な村だった。  村民の数は老人から子供までを合わせて300未満。少しは慣れた所に同じ規模の村がもう一つあるようで、そちらは「湯川村」という名前で、どうにも地熱が高い地域なのか、流れる水の温度が高い事から由来していると犬千代が自慢げに語った。  他にも名も無い村などが点々とあるようだが、それらもろもろを合わせて総人口数は合わせても2000人を超えない。しかも間に山や谷やらがあるお陰で4000石という敷地を十分に生かしきれない。  これについては事前情報で知っており、犬千代や勝家はそれを「このような土地をどうやって繁栄させればいいのか」と頭を抱えていた。  同行していた兵たちは用意されていた平屋へ向かうように告げて、今後清水村と湯川村の二つを中心に守護するように命じた。  小姓という立場ではあるが、犬千代を臨時の侍大将とすることにした。勝家でも……と思ったのだが、彼女は厳密には信長様の配下のままだ。それを勝手に俺の配下のように扱うのは些か問題が起きる。犬千代ですらギリギリなのだ。 「とりあえず家に向かおう。食料がどの程度あるのか調べて、それに応じて何を買うべきか考えないと」  与えられた土地は清須城の東南に位置する場所にあり、さらに進めば海に面した土地に繋がるが、残念ながら今回与えられた4000石の中にそこは含まれていなかった。  とはいえ、海の方から商人が定期的に清須城へ向かうルートに清川村を迂回するらしいので塩や海の幸などが加工されて持ち込まれることはそれなりにある様だった。 「思ったよりしっかりした村だね」  清川村を見て回った第一印象がこれであった。  村、という字面からすっかり廃れた寒村を想像していたのだが、最低限の道や並ぶ家屋はしっかりと手入れされおり、道行く人の身なりも農民特有の汚れなどは当然あるが、薄汚れた印象は無かった。  ちなみにこの村に来るにあたって、俺は服装や装備を一新している。  現代服のままでは悪目立ちするという事で、濃紺の袴を着ておりさらには腰に脇差と刀の二本を携えている。  勇という名を与えられた際に、信長様から与えられた刀だ。  ちなみに刀匠は名も無い男だったらしいのだが、信長様が一目見てほれ込んだらしく、それを俺に譲ってくれたあたり如何に期待しているかがよくわかる一振りだ。  ちなみに最初に来ていた服などはリュックに詰め込み、馬の荷として運んでいる。  すると俺たちに気付いたらしい村人が農作業する手を止めて、深く頭を下げた。  突然訪れた武士らしき男と、50人を超える兵の集団に農民たちは僅かにおびえた表情を見せる。 「皆の者、某は織田軍に使えし家臣、勇正道である。此度より清川村を中心にした4000石の土地を殿より賜り、この地を繁栄させよと命を受けた。今後しばらくこの村のハズレにある屋敷に滞在する予定だ。この者達はこの村などを守護する役目になる故、近くの平屋に住まう予定だ。慣れぬこととは思うが、いがみ合うことなく接するように」  なぜこのような口調で話すかと言えば、ここに来るまでに犬千代たちに口酸っぱく「農民たちに遜った喋り方はするな」と言われているからだ。  仕方なしと受け入れたが、そもそも武士らしい言葉など勉強したことが無いから半端に砕けて違和感しかない。  だがちらりと見る限り農民たちは疑問や不満を抱いている様子もないので問題なしと判断する。  続けて勝家や犬千代も名乗りを上げる。すると村人たちは目に見えて先ほど以上に深く平伏した。……やっぱり有名なんだね二人とも。  おっと、2人がこちらを見ている。  実は名乗りを上げる際に法術の1つを見せておいた方が下手な反感を抱かれないのではないかという案が出たのだ。  何をすべきかと悩んだのだが、シンプルに水を生み出すことにした。  なんでも清川村は五月に入ってから雨があまり降っておらず、やや干ばつ気味であると事前情報を得たからだ。  桶狭間では雨が降ったが、どうにもここはそれを逃れてしまったらしい。不運な事だ。 「こちらにおられる勇殿は、仙人の術を操られる! その力を持って干ばつや飢えから村を守ってくださる! その力の一片、とくと身よ!」  犬千代の宣言に合わせて俺は手を空に掲げる。その動きに合わせて皆の視線が空中に上がる。 「水よ、降り注げ」  小雨程度の雨をイメージすると、手のひらから放水のような水が天高く吹き出し、それは空中で霧散。  そして雨の様にパラパラと広範囲に降り注いだのだ。 「おお! 雨じゃ! 雨が降った!」 「武士様は空を操られるのか!」 「これで田畑が枯れる心配もない! 村は安泰じゃ!」  わっと声を上げて盛りあがる農民たちにさらに力を見せる。  俺の配下としてともに来た兵士たちも驚いている。正直見知らぬ男が上司だと言われ半信半疑だったのだろうが、俺の力を見て納得した様子で目を輝かせていた。 「法術は雨を降らせるだけではない。今後も村の発展に某も助力していく所存、皆の者存分に働け! お主たちの地はこの勇道正が守ろう!」  そう言って刀を抜き放ち、空を覆っていた雲を風刃で切り裂いて見せた。  ポカンと大きく口を開けて固まっていた農民たちだったが、すぐに歓声を上げて俺達の到着を歓迎してくれた。  その後、俺たちが寝泊まりする屋敷を管理していたという村長と話し合う場を設けることになった。  村長は平八という40過ぎた禿げ頭で、人のよさそうな笑みを浮かべる男だった。 「武士様、この度は清川村へお越し頂きまして誠にありがとうございます」 「うむ、平八殿突然の来訪失礼した」 「武士様、私のような農民に殿などは不要でございます。平八と呼び捨て下さいませ」 「であれば某の事も勇と呼ぶことを許す。お主とは長い付き合いになるのだ、肩の力を抜いてもらいたい」 「勿体なきお言葉、では勇様と」 「よろしく頼む平八」  本来であれば会社の上司位の男に平伏され、自分を様付けさせることに違和感しかないがこれが武士となった今の俺の立ち位置なのだと、無理やり納得させながら話を進める。  平八は見た目こそ朴訥な村長ではあったが、頭の良く回る男で俺がこの村で行いたい事などを簡単に伝えるとそれに必要な村人の手配などをテキパキと始めた。  また、隣村の湯川村の村長にも文を出してくれるそうで、後日改めて顔合わせをしたいと申し出を受けた。  こちらとしても名のある村へは早々に回って、新たに支配することになった人間を知らせる必要があったので、よろしく頼むというと深く頭を下げられた。    また村長の案内で紹介された屋敷だが、前情報だと「大したことない小さな家屋」と聞いていたのだが、実際に見ると昔住んでいた一軒家とそん色ないくらいには十分な広さだった。  昔やった夏休みを満喫するゲームのような、田舎の家風だがそれが逆に落ち着く。  唯一気になるのは厠が外にある事くらいで、小さいながらも風呂がちゃんと作られていたのは実にありがたかった。  犬千代は「風呂が小さい……これでは一緒に入れぬではないか」と不満げではあったが、あえて聞こえないフリをした。 「よろしければ娘の松を出仕に出させましょう。気立ても良く、料理も出来る自慢の娘ですぞ」  俺たち三人だけで回す事に不安があったので喜んで……と言いたかったのだが、勝家がそれに答えた。 「気づかいを無下にするようで悪いがそれは結構だ。我々はともにこの地を収めに来た間柄でもあるが、同時に夫婦になる予定でもある。後々妾になるのは構わんが、今は我らだけの時間を優先したい」 「ちょ」  何を言ってんの!? とツッコミをする前に犬千代がさらに畳みかける。 「出来れば村の女たちにもそのように伝えてほしい。勇殿は我らの仲間であり、いずれは夫となる方だ。色目を使うのはやめて頂きたいと」  左右に寄り添うように立った彼女らを見て平八は理解したようで、笑みを浮かべて頷いた。 「差し出がましい真似をしたようで申し訳ございませぬ。であれば、必要が生じた際にお声がけくだされ」    ニコニコと笑顔を絶やさぬ様子で「仲睦まじいようで何よりです。これであればお世継ぎ様も問題なさそうでございますな」とそれは嬉しそうに言うと、勝家や犬千代は「すぐには無理だが、いつかは儲けたいものだ」と照れながらも答えた。  ……どんどん、外堀を埋められている気がする。  平八が去ると、勝家は馬を厩に繋ぎに行き犬千代は食材の在庫を確認に向かう。  俺はというと、屋敷の自室で慣れない筆で法術を使う中で分かった事をつらつらと書き並べていた。  今日まで、さまざまな法術を使って来た。その中でいくつかの事が分かっていることがある。  一つは俺の法術はラノベなどで見る「理論などが必要なタイプ」ではなく「術者の直感が物を言うタイプ」の法術だった。   平たく言えば火の法術を使う際に、分子の動きだとか酸素の燃焼率だとかそう言った科学的な思想はほとんど無用だった。  術を使う際に「こうあって欲しい」と願った形に法術が構築されて発動している。  ならばできない事はないのではないか、と思ったがそうでもないようで願う規模が大きかったりすると、その結果法術を発度する際に抜け出ていた力の流出が大きくなる傾向がある。  賄う範囲であれば問題ないが、限界を超えた願いであった場合ガス欠を起こし貧血に視界感覚に襲われた。しかもその力は発動せず失敗に終わる。  つまり力の無駄遣いで終わる可能性が非常に高い。    それを踏まえた結果、まず俺が最初にすべきなのは自分の力の限界を知る事だった。  清須城ではあまり大規模な法術は使えなかったので、この清水村や湯川村でそれを探っていく。またどのレベルまでが常用に適した法術規模であるかをしっかり確認する必要がある。  これまでの体感では手元範囲の法術や、短距離での放出法術ならばそれこそかなり大きな力を使えるが……もちろん、範囲攻撃だったりした場合自分もまきこまれる危険背があるため必然的に威力は制限される。  だが、破壊を産まない法術。信長様に提案した人助けの力であればほぼ無尽蔵に使えそうなのは非常にありがたい。    勝家や犬千代との手合わせ後、彼女らの傷を癒そうと法術を使った所瞬く間に打ち身の傷などが消えた。  それを報告したところ、桶狭間で負傷した兵士たちの傷を癒す機会を頂いた。  便宜上は治療としているが、体の良い実験だ。  だましているようで少々申しわけなかったが、足軽たちは「暫くは寝たきりになって、治ったとしても身体が弱って使い物にならない所だった」感謝してくれるような良い人たちばかりだった。  その結果、出発までの二日の間無理のない範囲で治療を行った所、重傷者400名あまりの傷をほぼ完治させることに成功した。  後半に至っては、怪我人をひとまとめにして「自分の周りに集まった怪我人を纏めて治す」という大技も使えた。    感覚的には治療はほとんどマスターしたと思っていいかもしれない。  ただこれのせいで、一部の足軽や家臣たちから土地神様扱いされてしまい信長様への忠誠を奪いそうになったので、何度も「信長様が皆に傷を癒すように取り計らってくれた」と宣伝する羽目になった。  当の本人は「その調子でどんどん自信とワシの名を高めよ」と高笑いしていた。  次に、出来る事と出来ない事についての線引きを明確化させたい。  この法術、今の所法力の残量以外に失敗したことが無い。どこまでやれるのかを知っておかないと、いざ戦場や村の発展で力が使えないとなっては洒落にならない。  一度、段階的に法術の難易度を上げて行きその力の限界を確かめる必要がある。  日本での魔法を題材にした漫画だと、それこそ命の創造まで可能にしていた。それが可能なのか、そしてそれにデメリットは無いのかよく調べたいところだ。  そこまで書き終わると、部屋の外から声が掛けられた。 「正道、少し早いが夕餉の準備が出来たぞ」  筆をおいて振り返る。 「ああ、わかったすぐ行く」  俺は紙を折りたたんで懐にしまい、犬千代と共に食卓へと向かうのだった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!