数奇な出会い

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数奇な出会い

 俺は今困ってます。  社会人になって暫く全くできていなかったソロキャンを楽しむために来た筈なのに、なぜか森の獣道に迷い込んでしまい彷徨っていたら、ボロボロな鎧を着込んだ落ち武者風の男3人に槍を突きつけられていた。  どうしてこうなった。というかなんでこんなところに野生のコスプレイヤーがいるんだ? 「貴様、何を黙ってる!? 」 「どこからやって来た!?」 「奇怪な服を着た怪しげな男だ!」  考えている間にも鎧男たちはじりじりと詰め寄り始め、手に持った槍の穂先が突き刺さる一歩手前まで近寄って来た。 「まてまて! あぶないあぶない! 話すから武器を下げてくれ!? っていうかそれ本物!?」  慌てて両手を上げてストップをかけるが止まる様子が無い。それどころかついに穂先が俺の首筋に突き刺さろうと――。 「ぐわぁ!?」  次の瞬間、男たちが吹き飛ぶようにして大きく後退した。  何が起きたのか分からず唖然としていると、焦った様子で体勢を立て直すと睨みつけるようにして武器を構え直した。 「奇怪な術を使いおって!」 「あやかしか鬼の類か貴様!」  ヒートアップする二人に流石の俺もやばいと感じ、逃げようと試みるが……すでに転んでいた1人も起き上がって3人の包囲網となっており、逃走はまず無理そうだ。 「お、俺は小田義正! 今年で21になる! 武器は持ってない! 人間だ!」  必死に無実を訴えたくて声を上げると、男たちは目に見えて狼狽し始めた。 「お、織田!?」 「こやつ、尾張の関係者か!」 「なぜこんなところにまだ織田の人間が!! 軍は帰ったのでは無いのか!?」  俺を無視して怒鳴り合う3人。今なら逃げられるかと思い、チャンスをうかがっていると1人に気付かれてしまった。 「貴様逃げるな!」  そう言って再び突き出された槍。恐怖で思わず両手を突き出すようにした瞬間、掌から何かが飛び出るような感覚が襲った。 「ぎゃっ」  次の瞬間には俺を槍で刺そうとした男は鋭くとがった石の礫に何度も撃ちつけられ、倒れ動かなくなっていた。 「な、なんじゃ!?」 「妖じゃ! こやつ、手から礫を放ちおった!!」  恐れて距離を取ろうとする2人と、自分がした事に理解が追い付かず呆然とする俺。  妙なにらみ合いが数秒続いた所で、唐突に森の奥から人が駆け抜けて来たと思ったら手に持った長槍を器用に振るい、木々に接触させる事なく1人の首をはね、もう1人は胸を貫いてしまった。  声もなく倒れる二人の亡骸に思わず衝撃を受けていると、槍を振るい血を切り払った男がこちらを睨む。  顔立ちは非常に整っており、甘いマスクをした中性的な青年だった。小柄な体格も相まって、女と見間違いそうだ。  その恰好は朱色の鎧に金に近い色合いの装飾を施したもので、歴史に疎い俺でも「いかにも武将ってやつだ」と即座に思いついた。些か身体が細い気もしないが、そんな違和感も堂々とした佇まいすっかり打ち消されている。 「お前、何者だ? このような所で何をしている」  ちらりと倒れる男の突き刺さった礫を見て顔をしかめ、こちらをもう一度にらむ。  その言葉に名乗ろうと考えるが、ふとそこで馬鹿正直に答えてもいいのか? という不安に駆られる。  先ほどの男たちは俺の名を聞いて「おおうつけ」と言った。それは俺でもわかる事だが「おだ、おおうつけ」と言えば、天下の織田信長その人のかつての呼び名だ。    まさか……という思いが胸中をめぐり、俺は絞り出すように「義正」とだけ答えた。 「義政? 足利の義政の事を言っているのか? 幾らなんでもホラを吹くには大言壮語が過ぎるぞ」  なにやら殺気立った様子で睨む青年に慌てて首を横に振る。 「ちがう! 同じ読みだが、俺のは後ろが正の字だ!」 「義正……なんだ、ややこしい。それで貴様は何処から来た?  俺もソコソコの自信はあったが、貴様のような傾奇者は初めて見る」 「俺も良くわからないんだ、道に迷って森の中を歩いていたらこいつ等に囲まれて……何とか逃げようとしてたらそこに貴方が来たんです」 「その荷物はなんだ?」  槍を物差しの様にして指摘した先には、俺がキャンプ用に持ち込んだ大きなリュックサックが置いてあった。  丁度休憩がてら置いた時に襲われたのだった。 「コレは俺の荷物で、キャンプ――ええと、野営の道具が入った袋です」  キャンプと言った時不思議層のされたので、彼の見た目から合わせた古い言い回しをすると納得したようにうなずいた。  荷物の中身を見せろと言われ、その場で広げるようにいくつか出すと「なんだこれは、見た事が無い」と興奮気味にアレコレと興味を持ち始めた。  その過程で道具の使い方などを一つ一つ説明したところ、半信半疑ではあるがとりあえず納得はしてくれた。 「貴様の言葉に嘘はないようだがだが怪しい事に変わりない、貴様俺と共についてこい」  そう言って踵を返すと、彼は来た方向に歩き出してしまった。 「ポカンとしていると置いて行くぞ! この森は夜になると狼も出る、食われて死にたいのならばそれで構わんが」  狼と言われ慌てて走って追い付く。  移動のさなか、彼は自分の事を犬千代と名乗った。  その名にどこか聞き覚えがあった俺は首を捻る。だが元々歴史に疎い俺は「どこかで聞いた名前だな……」程度にか思い出せず、結局それ以上の事は分からなかった。 「それで、あの死体はなんだ?」 「死体?」 「俺が駆け付けた時には1人死んでいただろう? アレはお前がやったのではないのか?」 「それは俺にもわからないんだ。槍を突きつけられて目を瞑っていたら相手の悲鳴が聞こえて……気づいたらああなってた」 「なに? 戦いの最中に目を閉じたのか? 貴様それでも男か」 「そんな事言われたって一度も喧嘩らしいこともした事ないんだよ。武器を持った人に囲まれたことも無くて、怖くて怖くて」 「軟弱な、お前年は幾つだ」 「21だけど」 「……お前、その年になって喧嘩もした事ないのか。どれ、後で手ほどきしてやる」 「ええ!? いいよ、俺そんなの無理だよ!」 「つべこべいうな! 貴様、男でありながら拳の1つも握れんとは情けないとは思わんのか!」 「そ、そりゃ……たしかにあの時もう少し勇気があればって思わないでもないけどさ」 「安心しろ、いきなり俺と戦えとは言わん。だがせめてその軟弱な精神を何とかしろ、いざという時に動けないようではあっさり死ぬぞ」 「……わかった」  すっかり会話の流れで受け入れてしまっているが、これはやはり撮影だとかドッキリではないのだろうな。さっきの首を切られた男や、胸を刺された男はどう見ても演技とかではなく本当の殺人現場って奴だ。  ……今思い出すと気持ち悪くなってくる。  犬千代の後をついて行くと、森を抜けひらけた場所に出た。日が落ち始め、あと一~二時間もしないうちに夜になりそうだ。 「ふむ、根性なしかと思いきや随分と足腰は鍛えられているようだな。些か体力が無いが」 「ぜぇ、はぁ、そりゃ……山歩きは慣れてるけど、それにしたって、ぜえ、はあ、……半日以上歩きっぱなしとか、想定外だ」 「まったく情けない。帰ったら体力も付けさせるからな」 「そんなぁ」 「ええい、そのような情けない声を出すな! まったく、それより今日はここで野営をするぞ」  やっと休めると思って座り込もうとすると、犬千代がなにやら期待の籠った目で俺の荷物を見つめる。 「野営の道具があるのだろう?」 「……ああ、そういうことか」  俺の荷物が気になるようで、早く準備をしろとせがんでいるようだ。 「じゃあさ、代わりに薪になりそうなものを集めてくれないか? 一応荷物にあるけど非常用として残しておきたいから、森が近いならそこで済ませたいんだ」 「なるほど、わかった。だが先日雨が降ったばかりだから湿気ているぞ?」 「雨? そんなの降ったかなぁ……まあ、いいか。それはしょうがないよ。最初は煙たいかもしれないけど、火の近くで次に入れる木を干せば多少良くなると思う」 「なるほど、義正は根性は無いが頭が良いな!」  褒めているのかけなしているのかよくわからない言葉だったが、俺は荷物からテントを引っ張り出してペグを地面に突き刺していく。  木を拾いながらもチラチラと興味津々な様子でこちらを見る犬千代。テントの準備は慣れたもので10分もしないうちに準備を終えた。続けてかまどの準備。  川辺等であれば岩などを拾って即興の物を作るのだが、今はそれが無いので折り畳み式の小型かまどを取り出す。 「なんだその鉄の箱は」  両脇に抱えた大量の枝を持ってきた犬千代が覗き込む。 「コレは竈だよ」 「竈? 女たちが飯を作る時に使うアレか?」  一瞬何のことかと首を傾げたが、たしかに江戸時代とかのキッチンは竈を使ったものが主流だったはずと思い出す。 「うん、それを持ち運べるようにしたんだよ」 「ほう、それは素晴らしい。しかも鉄でこのように小さく持ち運べるようにするとは、これを作った鍛冶師は相当な物だったのであろうな。是非あってみたいものだ、そして願わくば俺の武具を手掛けてほしい物だ」  彼の言葉を聞きながら黙々と準備を進める。  その中で一つ見当たらないものがあった。 「げ、ファイアスターターがないじゃん」 「なんだそのすたぁたぁというのは」 「火を付ける道具だよ」 「火打石の事か」 「まあそんなもの、まいったなそれが無いと……犬千代は持ってたりしない?」 「そう言った道具は持ち歩いていないな。ところでお前の言う道具はどのような物なのだ?」 「えっと鉄みたいな素材でできてるんだけど、それに別の金属をこすると火花が出るんだよ」 「なに? 金属通しをこすって火がでる? そのようなもの聞いた事が無いぞ。謀っておるのか」 「うそじゃないって、こするだけで火がこうボワッと――!?」  説明のために手ぶり身振りしながら日のイメージをすると、両手から一瞬だけサッカーボールくらいの大きな火が噴き出た。  咄嗟に手を振り払ったらすぐに消えたが、それを真正面で見た俺と犬千代は目を見開いて互いの顔を見合わせた。 「貴様、今何をした!?」  薪をその場に散らばらせて飛びのくと、流れる様な動きで槍を構えた。 「お、俺もわからないよ!? あんなの初めて起きて俺もびっくりしたくらいなんだよ!!」 「嘘を吐くな! 今の炎、妖術か何かか!?」 「妖術……まさか」  犬千代の言葉を聞いた途端、森で襲って来た1人の男を倒した事を思い出した。  両手を見つめて、おもむろに何もない方向に手を突き出す。 「なにをしてる!」 「もしかしたら、俺変な力があるのかもしれない」 「なに?」 「あの時、1人の男が倒れてたよね。あの時さ、実は手から何かが出る感じがしたんだ。目を瞑ってて見てなかったんだけど……残りの二人が「礫を飛ばした」って言ってたんだ」 「それを貴様がやったと?」 「かもしれない、同じことが出来るか分からないんだけど……試してみたい。いいかな」 「……妙な真似をしたらその首を刎ねるからな」  その言葉に震えながらも頷く。  良い訳ないが、そうでもしないといつでも刺されそうな怖さがあった。  俺の反応を見てようやく槍を少しだけおろして、やってみろと視線で促した。  背中を向けて何もない方向に向かって、同じように火をイメージする。  直後、先ほどとは異なる火炎放射のような長い炎が噴き出た。  止まってから手を引っ込めて、自分の掌を見るが……もちろん火傷も焦げた様子もない。それどころか炎が出ている間熱を感じなかった。  だが、火炎放射が噴き出したところに生えていた草は見事に燃えており、燻った煙が上がっている。  振り返って犬千代を見ると、彼はポカンとした表情で固まっていた。  あれほど鬼気迫る顔つきだった彼が見せる素の表情は、見た目以上に幼く見えた。 「貴様は……いや、お主は仙人の類なのか?」 「せ、仙人?」 「先ほどのような術……仙術ではないのか?」 「わからない。そもそも、俺がこんなことできるなんて今初めて知ったくらいなんだ」 「そうなのか?」 「うん……でも取り合えず、これで野営の火は問題なさそうだね」  そう言って薪をいくつか拾って、小型の竈に放り込む。そして先ほどと同じように、だが火力は弱めの火をイメージすると竈の中が燃え始める。 「出来た! やった!」  ガッツポーズをとりながら、振り返ると唖然とした様子で犬千代がこちらを見てる。 「仙術をそのように使うとは」 「まあ、ほら、生きる為だし?」 「はあ、やれやれお主と居ると俺の中で常識が崩れていく気がする」  ため息交じりに彼は槍を置いて、対面に座り込んだ。  彼の眼は俺をしっかりと見つめていて、警戒は解いてくれてるようだけどまだ完全に信頼をしている様子はない。 「それにしてもこんな力、どうして俺にあるんだろう」  掌を見つめながらつぶやくと、犬千代は「しらん」と返した。 「そもそも、その力はお主が修行などで得た力ではないのか?」 「いや、さっきも言ったけど俺はこんな力があること自体、初めて知ったくらいだ。けど……これってまるで魔法みたいだ」 「まほう、とはなんだ」 「漫画――えーと、物語とかで見たお話で登場した人間が使ってた技そっくりなんだ」 「ほう、なんという書物だ」 「名前までは覚えてないよ、随分子供のころの話だから。その話だと炎や水、なかには風を起こして化け物を相手に大立回りする話なんだ」 「……聞くからに、陰陽師のような輩か?」 「陰陽師、ああ、たしかに近いかもしれない。妖とかそういうのを倒す漢字の話だ」 「ということはお主は陰陽師、もしくは何かの法力をっているという事か」  法力、たしかに魔法の力だから法力と言えば法力か。  そういえば火をおこしたり石礫を飛ばした時、何かが身体から出た感覚があった。アレが魔力というやつなのか? 「犬千代、もしよかったらこの力の訓練をしていいか?」 「何のために?」 「自分の身を守るため、というのもあるけど恩返しかな」 「恩返し?」 「あの時、まだ俺は力の使い方をわかってなかった。もし犬千代が現れなかったらそのまま死んでたと思うんだ。だから助けられたお礼をしたい。この力、きっと役立つと思うんだ」  俺の言葉を聞いた彼は、少しだけ口の端を吊り上げて頷いた。 「そういう事なら是非もない。元々お前は物珍しい風体をしているから御屋形様に見せようと思ったが、法力持ちとは良き出会いに恵まれたものだ! よかろう、明日より訓練をするがいい。ただし既に城へ帰還すべく移動している本隊に合流するために速度は落とさんから覚悟しておけ」 「……本隊って?」 「お主、俺が誰に仕えているのか知らんのか? 我が殿の名は尾張が大名、織田信長様であるぞ」  織田信長、それは歴史書などでも知らされている天下人の名前でもある。冷酷無比で残忍冷徹、家族すら切り捨てるという魔王のような男。  そこでようやく目の前にいる人間が誰なのか理解できた。  犬千代、その名前は幼名でありその本来の名は……前田利家だったのだ。  まさかの歴史人と会う事になろうとはと心底驚くが、同時に違和感を感じた。    じゃあ俺はこれから信長の所に連れて行かれるって事!? やばい、魔王なんて言われてる人に合わされたら間違いなく切捨てされる!?  ……いやまてよ、あの時男たちの槍を無意識に防いでた! あの力を上手く使えるようになれば、何か逆鱗に触れて襲われても逃げるくらいはできるかもしれない!  よし、明日からの訓練頑張ろう。ついでに移動も逃げ切るための足を鍛える為の訓練と思って頑張ろう。  ひっそりと決意を固めつつ、俺は満天の星空を見上げるのだった。
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