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それからの日程は苛烈な物となった。
太陽が上がると同時に起きて、先行しているであろう部隊に追いつくために移動。道中法力(犬千代に何度説明しても法力と言われたため、こっちで呼ぶことになった)の訓練をしながら獣を狩ったり落ち武者を追い払ったりして練習した。
なんでも先日、桶狭間という場所で大きな戦があったらしく、そこで落ち延びた今川家の兵が野盗化しているらしい。
「まさかこんな形で桶狭間の戦いを知るとは思わなかった」
「なんだ?」
「いやなんでもない、それより犬千代はなんで1人で動いてたんだ?」
「いや……それが」
言いにくそうに言い淀む彼の口から出たのは思ったよりしょうもない事だった。
なんでも信長がえらく気に入っていた茶坊主とトラブルになり、喧嘩の果て切り捨ててしまったそうだ。そのまま逃げるように出奔し浪人生活へと転落。
普通ならば処罰もやむなしという所なのだが、同じ家臣であり親交のある柴田勝家と森可成らがとりなした事で出仕停止処分で済んだそうだ。今は熱田神宮という所で世話になっているそうだが……どうにも、無断で飛び出して桶狭間の戦いに身を投じてしまったらしい。
そこで合計三つの首を上げて見せたのだが、帰参(つまり部下として再び迎えて貰う事)を許されなかった。
「なにやってんの」
思わず突っ込むと「手柄を立てればきっと信長様も認めてくださると思ったのだ」と言い訳をし始めた。
思わず頭を抱えた。
「あのさ……今から信長様の所に行くんだよね」
「そうだ」
「それ、許可取ってる?」
視線を明後日の方角へ向けた。
だめだこいつ。ノープランだ。
「まさかと思うけど、珍しい俺を見世物にして機嫌取りをして許してもらおうとか考えてないよね?」
「………………ああ」
「はい、ダウト!」
「だ、だうと?」
「あのね、そもそも犬千代が信長様の気に入ってた人を切ったのが原因でしょ!? それをちょっと手柄を立てたくらいで帳消しにして貰おうって時点で考えが甘いよ! そりゃ何もしなければきっとこのままだろうけど、流石に誠意が足りない!」
「な、ならばどうしたらいいのだ! 誠意とやらはどう示せばいいのだ! 腹を切れというのか!」
「あ~もう、極端なんだよ。なんで嫌いな奴を切って、謝る時も腹を切って、許してもらおうと勝手に戦いで敵を切ってになるんだよ! ちゃんと謝ったのかよ!」
「……謝って、ないな」
「そこだよ、もちろん信長様の怒りが怒髪天の時に謝っても火に油を注ぐだけになるけど、それやったのって一年も前なんだろ?」
「う、うむ」
「人間の怒りって長続きしないから、一年も経つとある程度収まるんだよ。ただ筋も通さずうやむやに許してもらおうとする姿勢を続ける限り、信長様は許してくれないよ」
「そ、そうなのか!? 謝れば再び帰参できるのか!?」
「すぐに答えを求めちゃダメだよ。きっと一度でいい返事はもらえないと思う、だけど根気よく謝って「私の主は貴方だけです」って気持ちを見せて、その上で何か手柄を立てればそれを認めてくれるはず。たぶん」
「ううむ……最後に不安になる言葉が付いたが……それでも今より良い案に思える。やはりお主を引き入れたのは英断であったか」
「俺も世話になる予定だから、できる限りの手伝いはするよ。暫くフリーターみたいになるけど、小さなことからコツコツやろう」
「ふりぃたぁとはなんだ」
「えっと、なんていうのかな……その、何もしてない人の事」
「浪人の事か」
「そうそれ、浪人なりにも仕事があるはずだからそれで名を売って行こう」
「なるほど、それは良い案だ! よろしく頼むぞ正の字よ!!」
バシバシ、と背中を叩く犬千代。かなり痛い。
「まさのじってなに?」
「お主の名前は正義であろう? だが、先のやり取りの様に聞き間違いで将軍様の名を騙った不届き者と思われても困ろう。だから正の字だ」
「……だったら、まさ、とかでも良いんじゃないの?」
「それだと家内を呼ぶように聞こえるではないか」
なにやら恥ずかしそうにする犬千代をみて、そういう物なのかと首を傾げながらも、とりあえず納得した。犬千代は「武勲を立てて取り立てて貰えれば、殿より名を授かれるかもしれぬぞ」と嬉しそうに語る。
ちなみに彼も犬千代が幼名で、元服後の名は「前田左衛門利家」というそうだが、信長に仕えていない今を利家として名乗りたくないらしく、犬千代と呼ぶように言って来た。
その塩梅はよくわからないが、いわゆる「前田左衛門利家」という名に浪人であった経歴を残したくないのだろうと勝手に納得しておいた。
ちなみに「左衛門って何?」と聞いた所、喜々として語りだした。
かつて尾張下四都の守護代であった織田信友との戦で初陣を果たした際に、首級ひとつを挙げる功を立てた。その際に「槍の又左」という異名で呼ばれたことから由来しているそうだ。
「へえ、それほどの槍の名手だったんだな」
「ははは、あの頃は血気盛んで周囲から『肝に毛が生えている』とまで言われていた。その左の名を後の元服時に入れたというわけだ」
「なるほどね、帰参が許されたときはどう呼べばいい?」
「流石に左衛門利家では長いからな、利家で構わん。だがお主の立場は最初低いところから始まるであろうから、表立って呼ぶときは前田殿にしろよ。上下を軽んじていると、他の物に睨まれるぞ」
「わかった、ありがとう前田殿」
「ぬ、今は犬千代で良いと言っておろうが」
顔をしかめながらも口端が愉快そうにゆがむ彼を見て「後輩が出来て浮かれてる人みたいだな」なんて考えた俺であった。
「さて、夕食にしようか」
「む、何かあるのか? 猪の肉は既に切らしているはずだが」
「うん、あっちは腐りやすいからすぐに食べておきたかったからね。何もないなら俺の手持ちを出すよ」
そう言ってリュックから袋と鍋を取り出す。
「おお、お主の調理器具はいつ見ても素晴らしい出来であるな」
この二日ほどの度ですっかり慣れた様子だ。
彼は俺の持つ道具に興味津々で、見慣れない器具を見る度に「なんだこれは」と話を駆けて来た。
お陰で俺の持っている道具は粗方説明積み。
「そちらの妙な袋は初めて見るな。なんだそれは」
「これは茹でると食えるようになる食い物だよ」
「ほう、そのような物があるのか」
取り出したのはインスタントの袋ラーメン。
実は昔に1人でキャンプに行った時に森で遭難してしまい、四日ほどひもじい思いをした経験から好意った非常食を持ち歩くようにしているのだ。
他にも缶詰やら調味料も数種類持っている為暫くは事欠かない位にはある。
取り出した鍋に手をかざす。
「水よ」
呟くとバシャと鍋にいっぱいの水が満たされる。この二日の度で簡単な水や炎くらいならば自在に出せるようになった。
余り調子に乗るとどんな結果が起きるか不明だった為、限度は分からないが今の所疲れたり眩暈を起こしたりなどの影響はない。
「ううむ、何度見てもお主の法力を使う様は面妖であるな……何度も確認するが、それは汗や尿ではないのだな?」
「あのさぁ、これら食うって時に汚い事言うのやめろって。何度も行ったけどこれ普通の水だから!」
「ははは! すまんすまん、しかしお主だけに限らず他人の手から出た水を飲むというのは勇気のいる事でな」
「分からんでもないけどさ」
袋を開けて中に二つ分投入し、轟々と燃える薪の上に倒れない様に乗せる。少々力技だがこれ位はしょうがない。
「これであとは煮えるのを待つ」
「これだけか? 随分と手軽なのだな!」
「まあそういう為の料理だからね」
「それにしても不思議な見た目であったな。白くうねうねしていて、固そうだったが……食えるのか?」
「お湯で茹でると柔らかくなるんだよ。ほら、蕎麦とかほっとくと乾いて固くなるだろ? アレみたいなもんだよ」
「おお、たしかにアレはちょいと置いておく、と乾いて固まるな。そうであったか、あれは乾燥した蕎麦であったか」
「厳密には違うけど似たようなもんかな? あ、そばを乾燥させて持ち歩かせればいざって時の非常食になるかな?」
「それは善き名案である! 兵糧として使えるようになれば、いざという戦時に力になるぞ!」
「問題は腐ったりしない様にアレコレしないといけないけど……まあ、その辺はおいおい考えようか。話してる間にできたみたいだし」
ぐつぐつと煮え始めた鍋を炎から取り出し、味付け粉を放り込む。
「む!? お主が粉を入れた途端、何やらかぐわしい香りが!!」
「食べてみる? コレ半分ずつにするから先に食べていいよ」
「良いのか? お主に残飯を喰わせることになるが……」
何やら済まなそうな顔をする彼に「気にしないで」というと、嬉しそうに受け取った。
「かたじけない。では頂くとする。……ううむ、この茶色くも透き通る汁。それにこの香……醤油か!?」
「正解、醤油にあれこれ足したものだよ。ちょっとしょっぱいかもしれないけど」
「この香り、我慢できん! ズルズルズルズル!!!」
箸を器用に使って面を啜りだす。
……結構な勢いだな。こりゃ全部食われるかもしれないからもう一袋用意しておこうかな。
続いてスープにも手を付け始めたのだが、一口を付けた所で目をカッと見開き無言で飲み始めた。
暫くすると面を啜り、またスープを飲みの繰り返し。最後には鍋を完全に垂直へと傾けて一言。
「プハァ!! なんだこれは! うまい、うますぎるぞ!」
「気に入って頂けたようで何よりだよ。鍋……空じゃん」
「す、すまぬ……あまりにも旨すぎて手が止まらなんだ」
慌てた様子で謝罪する犬千代。
「いいよいいよ、元々そうなるかなって思って次造る準備してたから。気に入ってくれたようで何よりだよ」
「うむ、これはまだ残りあるのか?」
「えーっと、今の味は残り三つだな。これから俺が一つ食べるけど」
「今の味? まさか他にもあるのか?」
「あるよ? 他のとんこつ味やみそ味――」
「味噌と申したか!」
急に身を乗り出して叫ぶ犬千代。
「え!? あ、うんあるけど」
「是非、それを殿に献上してはくれまいか!」
突然どうしたのかと問う。
「殿は無類の味噌好きで、何をするにも味噌を使った料理を日に一度も口にせねばその機嫌がまるで嵐の様に悪くなられるのだ。もし、この味噌味の蕎麦を献上せずに我らだけで楽しんだなどと知られれば、あのお方の怒りに触れるやもしれぬ」
「そこまでなんだ……わかった、これは献上用として残しておこう。ただこれしかないから、食べきったら次は無いからね?」
「かたじけない。殿が気に入って頂けたのであれば、きっと部下にその味の再現をさせる事であろう。それは調理場の領分である」
未来の食事を再現しろと言われる料理人が可愛そうな気がするが……。まあいいか。
そんなやり取りをしつつ、旅を続けた結果その二日後に織田信長が滞在しているという清須城へと到着した。
犬千代いわく、彼一人であれば二日ほどで到着していた距離らしいのだが俺という足手まといがいたせいでかなり遅れたそうだ。
へとへとになりながらも頑張った俺に対する扱い酷くないか、と思ったが見ず知らずの俺を此処まで引き連れてくれたのも事実(彼なりの思惑があったのも事実)なので文句を言わない。
犬千代が先頭を歩き、俺がその後を歩くと門番が「おお、しばらく見ないと思ったが……なんだその後ろの傾奇者は」と何とも言えない顔でこちらを見た。
「こやつは桶狭間の少しは慣れた所に居た仙人だ。こやつの力は必ず信長様の繁栄に役立つと思い、連れて参った」
「仙人だってぇ? おいおい、犬千代幾らお前さんでも法螺を吹くのはまずいぞ」
「法螺ではない! 正の字、見せてやれ!」
いきなり話を振られてギョッとする。
「ちょ、ここでやるの!? 怒られない!?」
慌てる俺を見て門番が胡散臭そうに眉を寄せる。
「構わんっ、人が怪我をせぬ方向に出せばよかろう!」
さっさとやれとばかりにまくしたてる犬千代に溜息を吐きつつ「わかったよ! 危ないから離れてろよ!」と告げる。
俺は門を背に手を掲げ宣言する。
「火炎よ吹き荒れろ!」
それに合わせて、俺の正面少しは慣れた所から火炎放射が噴き出した。
「ひぇぇぇ! 妖術じゃ! 妖怪じゃ!」
「鬼か!」
門番の二人は腰を抜かしてしまった。
俺は炎を消して、門番さんに声をかける。
「こんなわけで、嘘じゃないんです。どうか通して頂けるようにお取次ぎ願えないでしょう」
俺が丁寧な口調で話しかけると、ハッとした様子で立ち上がりこほん、と咳払いをした。
「わ、わかった。聞いてくっから少しまて」
そう言って門の中に居るであろう兵に声をかけると、すぐに戻って来た。
「今、使いが走ってるからちいとばかりまて」
「ありがとうございます」
「おう……ときに、仙人殿は他にも妖術を使えるのか?」
「妖術ではない、法術だ! ほ・う・じゅ・つ! どこぞの生臭坊主のような胡散臭い法力とは違う、本物の法術だ!」
「何で犬千代が威張ってんだ。それにしても法術か……それは他にも?」
「ええ、一応は。ただここで見せるとなると騒ぎになり過ぎると思うので、別の機会に」
「そっかぁ~、たしかに今の火だけでもびっくらこいちまったからなぁ。お前さんが味方になってくれるんならこれからの尾張も安泰だ」
笑顔で受け入れられることに少しばかり驚きながらも、俺は門の前で犬千代と待った。
暫くすると扉が開き、中から軽装の兵が出て来た。
「前田殿、こちらへ」
「わかった、行くぞ正の字」
「あ、ああ……」
緊張した様子で後をついて行くと、場内は多くの負傷兵や給仕の女中たちが忙しそうに動き回っていた。
「酷いな」
「ああ、それでも被害は軽微で済んだ。殿の采配のおかげで絶望的な戦況をひっくり返せた。もし殿が居なければここに居るもの全員死んでいたであろうよ」
……はあ、ここにきてドッキリカメラだった。なんていう展開を期待してたけどやっぱそうだよな。こんなに本格的なドッキリあるわけないよな。
落ち武者に襲われたり、殺し合いに遭遇したり、野営させられたり、徒歩で歩かされてきたんだもんな。挙句の果てには俺の手から火やら水やらが出てくる始末だし。
タイムスリップって言えばいいのかな。でもどうして俺は魔法みたいな力が使えるのか分からない。
あ~、考えても無駄だな。とりあえずここでミスをして殺されないようにだけ頑張ろう。
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