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「かぁ~~~、やっぱ勝家殿は強いなぁ!」
「ふふふ、以前やられた手を遣わせてもらったよ」
「……! やっぱアレは俺への意趣返しだったんですかい? 勝家殿も人が悪いぜ!」
盛り上がる二人に信長様が声をかける。
「実に良い試合であった。勝家はかつて受けた雪辱を果たすために相手の手すら利用する気概、あっぱれ。藤吉郎よ、いつまでも相手が自分の土俵で戦う訳ではない事を心せよ。お前の強みはその身軽さと形に囚われぬは発想力だが、それが通用しない相手も出て来るやもしれぬぞ」
「へい、今回の事で身に沁みやした」
「……さて、これで昨晩の約束は果たした。次はお前の番だ正道よ」
「え!? 勝家殿と手合わせをするってのはそこの青っチョロイやつですか? 見ねぇ顔だとは思ったけど、てっきりどこぞの小姓かなにかとおもったんですが」
彼の率直な意見に思わず苦笑い。
実際俺は鍛えてるとはいっても、それは現代基準。殺し合いをするような兵や武将からしたらまだまだ細くみえるだろう。
「そ奴の本領は剣術ではない。別にある」
「別に?」
「見て居ればわかる、2人とも準備をせよ」
声に従って勝家の前に移動すると彼女は爛々と輝いた目で俺を見た。
「お前の力を見せつけてくれ」
「ああ……その前に、信長様!」
「なんだ」
「俺の力は少々加減が難しいので、多少派手になりますがよろしいですか?」
「かまわん、命を奪う事が無ければな」
「わかりました」
死ななければいい、と言い切るあたりやはり戦国なんだなと考えさせられる。
まあ、勝家もさっきの戦いで一歩間違えたら死ぬ攻撃を放ってたくらいだしそいう事なんだろうな。
「お待たせ、じゃあ行くよ」
「ああ」
向き合うと、立ち上がった信長様が声を上げる。
「ではこれより、柴田勝家と正道の仕合を行う。勝者には織田信長の名において願いをかなえてやることを約束する。両名、願いを申せ」
「私が勝利した暁には、正道を嫁に」
その言葉に家臣団がざわめく。中にはショックを受けた様な顔をする男も居たので、密かに思いを抱いていたのだろう。
「……俺は考え中です」
「はあ、締まらん男だなお前は……まあいい、はじめ!」
宣言と同時に、先ほど同様勢いよく突っ込んでくる勝家。
だが……それは失敗に終わった。
「吹き荒れろ!」
俺の声に合わせて、勝家の正面から台風のような強風が吹き込んだ。背後にある清須城の襖などが吹き飛ぶ。
「くうぅ!!」
風に押されて、よろめく彼女に俺は悠々と前に歩み出る。
「勝家、秘境と言ってくれて構わないよ。俺は君に勝ちたい、だから持つ力全てを使って君を倒すよ」
まっすぐ見つめて告げると、暴風の中でも聞こえたらしい彼女はにやりと笑みを浮かべた。
「当然だ、持ち得る力をふるってこそ武将だ! はぁッ!」
裂帛の気合いと共に、俺の風を切り裂くように木刀を振るう。
一瞬、その勢いが止むのを感じた彼女が今度こそと攻め込む。
「させない!」
俺は遥かに離れている間合いで木刀を縦に振るう。
試合を見ていた家臣たちから笑い声が上がる。
「どこ目がけて振ってんだ! そんな距離じゃ当たらねぇぞ!」
「法術はあっても剣の腕はからっきしか!」
そんなヤジが上がるが、直後勝家が大きく吹き飛んだ。
「ぐあああ!!」
砂利を敷き詰めた広場を転がる勝家。それを見こして信長が声を上げる。
「それまで! 勝者・正道!!」
その宣言に全員が言葉を失った様子で固まる。
俺は慌てて彼女の元へ駆け寄る。
「勝家! 大丈夫かっ!? ごめん、まだこの力加減が出来なくて、これでも抑えた方なんだ」
「……っ、くく、加減してこの威力か。実に頼もしい限りではないか」
負けたにも拘らず勝家は嬉しそうに笑いながら体を起こした。見ると右腕と左肩に木刀で殴りつけたかのような痕が残っている。
「見事であった。正道、先ほど何をした」
勝家に肩を貸しながら信長様の前に膝をつくと、獰猛な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「今のは法力を乗せた斬撃です。最初に行った風の法力に紛れて、木刀に纏わせた風の法力を振るうと同時に放ったのです。風は不可視、それも強風吹き荒れる中に紛れ込ませれば見切る事は不可能と思い、放った次第です」
「名を何という」
「風刃と申します」
その言葉に家臣の一部が声を上げる。
「剣の立ち合いにそのような姑息な手を使うなど!!」
その言葉に呼応するように他の俺をよく思わない家臣たちが不満の声を上げ始める。だが――。
「おやおやぁ? それはつまりそれは『使えるものは何でも使う』を信条にしている、この木下藤吉郎の戦い方も認めぬということか?」
「ふふ、そうだな、そしてそれを直前に真似たこの柴田勝家も武士あるまじき非道を行ったと断ずるわけか?」
二人の言葉に家臣たちの声が小さくなる。
そして静まり返った時、信長が声を上げる。
「良いか、槍や刀だけで戦が決まる時代はとっくに終わっているのだ。今や大砲や種子島といった南蛮渡来の武具らが主流となりつつある時代だ。そんな中武士だ卑怯だと言っているようではいずれ時代に殺される。
たしかに正道の戦いは異質だが、この力はこれまで渡って来た南蛮渡来の力に対抗する切り札となりうる。それが敵に回らなかった事に安堵せよ」
その言葉でようやく俺の力が敵に回った時のリスクに思い立ったようで青ざめる。
「さて、次は犬千代か。どうだ、犬千代やるか?」
「もちろんでございますっ、今の戦いで勝ち目が無い事は理解しておりますが、それよりも見知らぬ力に挑めるこの好機、いかにして見過ごす事が出来ましょうか!」
「であるか、ならば位置につけ。勝家は――」
「殿、よろしければこの戦い見届けとうございます」
「わかっておる、だが無理をするなそこで大人しく座っておれ」
「……かたじけなく存じます」
勝家は痛みを訴える身体引きずりながら家臣団が並ぶ藤吉郎の横へと移動した。
犬千代は慎重よりも長い木槍を手に構える。
「では、これより前田利家と正道の仕合を始める。勝者には織田信長の名において願いをかなえてやることを約束する。両名、願いを申せ」
「俺の願いは……正道を嫁にしたい!」
お前もかブルータス。
いや、何となく予想は付いてたけどさ。正直勝っても負けても告白されてる時点で意識せざるを得ないんですが?
「正道は……考え中だな?」
「はい」
「そこは「犬千代を嫁に」という甲斐性を見せぬか。まあよい……はじめ!!」
今度の戦いは先ほどと違い、静かな立ち上がりとなった。
槍を下段に構えた犬千代が腰を落とし、すり足で横に移動する。
「吹き荒れろ!」
俺が左手を突き出すと同時に跳躍するように横へ飛ぶ。
強風が犬千代を外して駆け抜け、後方に居た家臣団の一部が転がる。
「くっ」
「おそい!」
犬千代がばねの様に飛んで槍を突き出す。
速度は勝家より早く、得物は刀基準の木刀の二倍以上の長さ。明らかに間合いの外でも十分に届き得るそれが胸元目がけて突き出される。
もう少しで当たる、と言った所で弾くような音が響き彼女の槍が逸らされる。
どうやら例の守りによって弾かれたようだ。
「くっ、厄介な!」
「はっ!」
飛びのく彼女目がけて風刃を放つ。
「せぇい!!」
犬千代の槍による薙ぎ払いで風刃がかき消される。
「その技、威力と距離は優れているようだが、あまり丈夫ではないようだな!」
予想外だ、まさかこんなに早く見切られるとは主な無かった。
風刃は風を勢いよく噴き出しているだけに過ぎない。それ以上の衝撃でぶつかれば霧散するのは自明だ。
刀などの短い範囲であれば防ぐのは難しくとも、彼女のような槍であった場合は横なぎ一線で、タイミングさえ合えば容易にかき消す事が出来る。
「風刃、見切ったり!」
槍を回転させて、飛ぶように突き出す。その攻撃で木刀が弾き飛ばされる。
それに家臣団から「おお!」と声ががる。
さらに彼女の一撃が迫る。
「――わるいな、犬千代。空拳っ!」
「なっ、ああぁぁぁぁ!!!」
どん、という思い音を響かせて犬千代が打ち上げられ、倒れ伏す。
「勝負あり! 勝者、正道!」
信長様の宣言、俺は犬千代に駆け寄り抱きかかえる。
「くっ……くははは、やはり俺の眼に狂いはなかった。お前は強いなぁ、正の字」
「ああ」
彼女を抱えたまま戻ると、信長様は心底楽しそうにしながら顎をしゃくる。
「まったく、何が争ったことが無いだ。あれほど実践向きな奥の手を残して翁がらよく言うわ」
……喧嘩したことが無いのは本当なんだけどな。
「ともあれ、お前が戦いを制したのは事実。願いについて決めかねている様子だがどうする」
それなんだよなぁ……実際問題、彼女らの事は少なからず気になりつつある俺だけどいきなり嫁だとか夫という話になると、少しばかり尻込みしてしまう部分がある。
かといって……すごいずるい言い方をすると、他の男に渡したくないと思うのも事実。
そこで一つの案を思いつく。
「では、小さくても構いません。私に土地を下さいませんか」
「ほう?」
俺の言葉に僅かに眉を動かした。
「私はこの力を戦い以外にも役立てたいと思います。ですが、今のこの力は未知数……ですのでそれを実験に使うだけの土地を頂きたいのです」
「ふむ、例えばどのような案があるか?」
興味を持ち始めたのが理解できた。俺は続けるように思いつく限りの法力を使った土地運営を考える。
「法術の中には水や土を操る物があります。これを上手く使えば大地を潤し、田畑を耕すことに役立てる事も出来るのではと考えております。土を操る法術の中には石や鉱石を操るものも有り、それ次第では尾張の資材を潤す発展にもつながるのではと考えます。ただこれはまだ机上の空論、それを現実のものにする為、訓練と試す場が必要なのです」
その言葉に家臣団もざわめきつつも、俺の提案の生み出す利に気付き思案し始める声が上がる。
仮にこれが事実であれば強豪諸国に対して大きな一歩になり、さらには天下統一への大きな足掛かりになるのではと。
仮にこれが失敗に終わっても一人の男が織田家より放逐、もしくは処罰をされるだけだ。
「ふむ、自信が有るのか?」
「無いです」
俺の断言に皆が唖然とする。
「ふ、自信すら持てぬものをワシに強請るのか?」
「そもそも、やる前からできると断言できるほうが信頼に置けないでしょう? そりゃ、やってやりますよという気概はありますが、根拠のない勢いほど怖い物ないです。それに――」
「それに?」
「コレは、私が勝った際に得られる願いですよね?」
遠回しに「言った事を違えるのか?」と視線で問うと、数秒の見つめ合いの直後、信長様は声を上げて笑った。
「このワシを脅すか! かかかっ、実に愉快だ! よかろう、正道よ! 貴様には4千石と、兵50ほど付けてやる。好きに発展させよ!」
「殿!?」
「功績も上げていない者にかような褒美、過ぎますぞ!」
「ええいうるさい! わしが決めたのだ、文句は聞かぬ! ……それと犬千代、お前は帰参したとはいえ一度は出奔した身だ。その罰を与える」
「はっ!」
突然の話題転換だったが、犬千代は痛む身体を堪えて片膝をついた姿勢で首を垂れる。
本人もいずれは何かしらの罰を受けると思っていたので、これ自体は驚いていない。だが、信長の下した裁定に今度こそ度肝を抜かれることになった。
「お前を一時的に織田家直属の旗本から外し、正道の小姓として勤める事を命ずる」
思わずと言った様子で顔を上げてしまう犬千代に、ニヤリと笑みを浮かべる信長様。
「そして正道と共に土地を繁栄させたその暁には、その功績を持って我が織田軍の旗本に再び召し抱えよう。その手腕如何では一万石をくれてやる。よいな?」
「は、はい!! ありがたき幸せ!!」
「勝家よ、貴様のもだ」
事の流れを見つめていた彼女に信長様は声をかけると、びくりと肩を振るわせて慌てて平伏する。
「貴様はワシの裁定に文句をつけ、さらには無様にも負けた罰を与える」
「はっ……」
「貴様は暫くの間正道の監視の任を命ずる。こやつが不審な動きをしないかを見張り、その時はその刀で斬れ」
……それって、言い方はアレだけど要は「正道と一緒に土地経営してこい。犬千代とも仲良くしろ」って意味だよな。
俺の視線に気が付いた信長様はニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべると「これにて一件落着とする! 以降、事を荒立てる事はこの織田信長に反旗を翻す事と知れ! ではこれにて解散!」
「ははぁっ!」
その場にいた全員が頭を下げる。
家臣団の皆も最初こそ剣呑な視線を向けていた者達が多かったが、俺が一定の力を示した事でいくらか視線が柔らかくなっていた。
やっぱり、実力主義というか認められるだけの力を示せばある程度は受け入れてくれるみたいだ。よかった。
俺と犬千代と勝家。
互いに顔を見合わせると、うまく言葉にできない気恥ずかしさが襲って来た。
「えっと……これからよろしく」
その言葉に犬千代は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「もちろんだ! お前を森で拾ったのは俺だからな! 最後まで責任は取るぞ!」
「私もだ。今回は負けたが、次は負けない。お前の法力の秘密も間近で観察し、弱点を見出してくれる」
「ははは、右も左もわからない新人だからお手柔らかに頼むよ。……そうだ、怪我は平気?」
「これ位どうって事ないぞ! 数日もすれば治る!」
「ああ、面食らったが木刀で殴られたのと変わらない痛みだ。これ位訓練をしていれば日常茶飯事だ」
その言葉に嘘はないようで、平然と身体を動かす二人を見てホッと息を吐く。
時代故か多少の怪我くらいは当然、みたいな感覚を持ってるから不安だったけどこれだけ動かせるなら問題なさそうだ。
「ではこれにて解散!」
それから俺たちは私室に戻る事になった。
その際に多くの家臣たちから「実に素晴らしい戦いであった」と声をかけてくれる人もいて、中には俺を目の敵の様に睨んでいた人もいた。少々気まずそうではあったが俺を褒めてくれることが嬉しくてありがとうと返したら「お主は、名の通りまっすぐなのだな」と苦笑いをされた。
信長様が付けた名前の由来がすでに伝わっているようで、この調子で行けば皆に認めて貰える日も遠くないのかもしれない。
また、昨日までは客人対応として迎えられていたが今日から本格的に部下として働く事が決まり、犬千代も俺の小姓と決まった事で隣室に住まう事が決まった。
また、家臣の一人が俺に渡される土地について話を聞いた。
清須城から馬で少し走った先に小さな村と名も無い集落がいくつかある地帯があるそうで、そこを任されることになった。
地域の中央の村に代官が止まるために小さな屋敷が用意してあるそうで、そこを自由に使っていいと話を聞かされた。
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