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一
「誰?」
いわゆる幼子の可愛さを脱し、思春期目指して手足を伸ばし始めた年頃のその女の子は、初めて家を訪れた私に敵意を込めた眼差しを光らせた。
彼女は、私の彼氏の娘。小学四年生。
たった二文字のご挨拶は、問いかけではなく拒絶なのが明らかだった。
「水島百合香さん。パパの彼女で……」
「あっそ」
小さく吐き出して、テーブルの上に広げられた宿題へと時間を戻していく。
「沙希、連れてくることちゃんと話してあったでしょ。百合香さんにご挨拶して」
彼――恭吾さんが優しく促す。
「私、良いって言ってないし」
「どうしてそんな態度なの? いつものかわいい沙希ちゃんを見せてよ」
「まあまあ」
私は恭吾さんの腕をそっと抑えた。
「大好きなパパの彼女なんて、そんな急には好きになれないよねぇ。恭吾さん、今日は私これで帰るね」
「えっ、だって……」
「いいの。沙希ちゃんの顔見れただけで満足だから。沙希ちゃん、ケーキ買ってきたから、パパと食べてね」
そう言うと、彼女はめんどくさそうにこちらを一瞥して、
「……どうも」
「沙希。ありがとうございますでしょう? そんな態度じゃ嫌われるよ」
「だって、頼んでないし」
「そうだよね。いいのいいの。私が買いたくて買ってきただけなんだから」
「ごめんね、百合ちゃん……」
「ううん、じゃあまたね。沙希ちゃん、また来るね」
無言のままの彼女を見届けてから、私は一人外に出た。
これが、沙希と私の出会いだった。
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