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「沙希ちゃん、ここに来て」  ドライヤーのコードを解きながら、明日の学校の準備を始めようとしていた沙希を呼んだ。 「うるさいなぁ、これでいいって言ってるでしょ」 「だーめ。ちゃんと乾かさないからこの前も風邪引いたんでしょ」 「髪関係ないし」 「いいから早くおいで」  沙希はうっとうしそうに眉をひそめ、玉のような唇を突き出しながら、しぶしぶこちらにやって来た。  洗面台の鏡の前に立たせ、ドライヤーのスイッチを入れる。セミロングの濡れた髪に手ぐしを通しながら風を当てると、顔の方へ飛んだ髪束を避けるように、沙希が目をつぶる。  お風呂上がり、ほかほかでパジャマ姿の沙希は、無防備で可愛い。 「キレイな女の子になるには、髪は大事なんだよ。しっかり乾かしたら傷まないし艶も出るんだから」 「そんなの、興味ないし」 「好きな男の子ができた時に後悔しても知らないよ」  そう言うと、沙希は冷めた目を伏せて黙り込んだ。    お家通いが二年も続くうちに、さすがの沙希も一緒に寝ることを許す気になったのか、追い出されることはなくなった。  ベッドに入るやいなや端の方で背中を向けてうずくまる沙希に、私は声をかけた。 「ね、沙希ちゃん」 「……何」 「もうここに来てずいぶん経つから、一度伝えておきたいんだけど」  今度は返事がない。 「気づいてると思うけど、私、パパと結婚したいと思ってるの」  沙希はぴくりとも動かず、押し黙る。
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