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鼻息荒く意気込んで開発部のフロアに向かったものの、桜庭課長は机にはいなかった。
というか、とても仕事をしているような机には見えなかった。
これは物置だ。
「あの…桜庭課長はどちらに?」
近くの机で仕事をしていた人に尋ねると、その人は立ち上がってフロアをきょろきょろ見回した。
「いたいた、あそこ。あの人、フリーアドレスだから、この机にはいないと思っておいた方がいいよ。連れて行ってあげようか?」
そう言って、人懐っこい笑顔を見せてくれたのが長谷川さんだった。
「桜庭、ちょっといい?この子が用があるって」
神経質そうな顔の桜庭課長と目が合ったのは、この時が初めてだったと思う。
「何でしょうか?」
作業の手を止めて、座ったままイスを回して体をこちらに向けてくれた。
「あの!お疲れ様です。営業部の田辺と申します。いまお時間少々よろしいでしょうか」
「だから、何?」
ああっ、怖いっ!
橋渡しをしてくれた長谷川さんがにやにやしながら見守っているのが目の端に映って尚更パニくってしまい、言葉が続かない。
「ヴァ…ヴァン…なんだっけ」
いつのまにか握り潰してグシャグシャになったメモを広げて、棒読みで読み上げる形になってしまった。
「ヴァンロードさんの納期短縮のお願いに上がりました。先方もわがままを承知で心苦しい限り…」
「それさ、さっき来た人と同じ案件のことですよね?内容はすでに聞いたので繰り返しは不要です。そしてお断りです」
「何とかならないでしょうか、検討だけでもお願いします」
深々と頭を下げると、うんざりしたようなため息が聞こえた。
「馴れ馴れしくて姑息な女子社員の次は学生のバイトをよこすだなんて、営業部はどうなってるんだ。呆れる」
学生のバイト…?
え、わたしのこと?
顔を上げておずおずと言う。
「あの、すみません。わたし一応、桜庭課長と同期入社の正社員なんですが…」
長谷川さんが肩を震わせて笑っている。
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