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田辺ひなたの姿を一目見た時、ホント営業は舐めてんなと思った。
管理職が来るのかと思ったら、おかっぱでメガネの学生バイトじゃねーか!
冷たい態度をとったらおどおどして、まともに話すことすらできずにメモを読み上げる始末だった。
こんな使えないバイトなんてよこしてきやがってと呆れていたら
「あの、すみません。わたし一応、桜庭課長と同期入社の正社員なんですが…」
と、そこだけしっかりとした口調で返されて驚いた。
俺と同期?
こんな子供が?
俺たちのやり取りを見ていた長谷川さんからは「同期の子の顔と名前も覚えてないって失礼すぎない?そっちのほうが呆れる」と笑われてしまった。
同期入社はたしか5人…いや6人だったか?
そういや、新井静香の後ろに背後霊のように張り付いていた影がいたような…。
入社してすぐ、同期みんなで飲もうとなったときも、テーブルの一番離れたところにおかっぱで色白の女の子がおとなしく座って黙々と食べていたのが見えたが、あまりに何もしゃべらないから、俺だけに見えている座敷童なんだと本気で思っていた。
わたしが地味だから視界に入っていなかったんでしょうねと自虐的に言って笑う彼女は悲しそうだった。
いや、視界には入っていたんだが、背後霊か座敷童だと思っていた――たしかに失礼な話だ。
彼女が握りしめているメモを奪って目を通してみると、二重線で文字を消していたり、間に言葉を足したりと何度も推敲したような跡があって、この子が懸命に考えている姿を想像して小さく笑いが漏れた。
仕方ない、今回だけは大目に見てやろう。
「社員なら、こんなカンペなんて見ないで交渉できるようにならないとダメですよ。失礼なことを言ってしまったお詫びに納期短縮の件は承ります。次は手ぶらで交渉に来てね、田辺さん」
「ありがとうございます!」
その笑顔が思いのほか、かわいかった。
ついでに言うと、声もかわいい。
撫でまわしてかわいがりたい小動物のようだ。
こうして俺の中で田辺ひなたは、座敷童から小動物へと昇格?したのだった。
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