桜庭Side 

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 キッチンで何となく感じていた違和感と予感は、洗面台の周りを見た時に確信にかわった。  キッチンの棚にひなたが飲みそうにない強い酒が置いてある、ひなたが選びそうにない黒いマグカップがあったり、色違いの夫婦箸がある。  そして洗面台にはハブラシが2本あるし、電気シェーバーも置いてあった。  そうか、付き合っている男がいるんだな。  しかも、もうかなり親密な関係の。  ひなたには恋人がいるかもしれないという可能性になぜ最初から気づかなかったんだろうか。  杵淵さんだって、おかっぱ頭とメガネに隠されたこの子のかわいらしさを一目で見抜いていたんだ、他にもそういう男がいたっておかしくないというのに。  その男はカノジョが熱を出しているのに何をやっているんだ。  ひなたは、連休中は誰も看病にきてもらえそうな人がいなくて…と言っていたが、仕事か?  横恋慕するつもりはないが、もしこの場でそいつと鉢合わせることがあったら、ひと言チクリと言ってやろう。  病気のカノジョを最優先するのがカレシの務めだろうが!って。  おまえ誰だよと言われたら……直属の上司ではないから、「会社の同期」だと言えば済む話か。  同期って便利な言葉だな。  デートに誘う前に、ひなたの男の存在がわかってよかった。 「わたし、付き合ってる人いるので」って断られたら、その後も仕事で顔を合わせるのに、気まずすぎる。  このまま帰ることも考えたが、ひなたを一人にするのはやはり不安だ。  熱が下がるまで、あるいはカレシがやって来るまではそばにいようと決めたが、急に仕事が手につかなくなった。  本棚に並んでいる漫画が目に入って、題名からしていかにも女子が読みそうな雰囲気のものばかりだったが、暇つぶしに適当に選んで読んでみることにした。  『エリート課長の溺愛宣言~偽装結婚から始めよう~』  すごいタイトルだ。  偽装結婚て、あれだろ?  日本の在留資格が欲しい外国人が、金を払って形だけ日本人と婚姻関係を結ぶっていう…と思っていたら、全然違っていて、いろんな意味ですごかった。
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