桜庭課長とわたし

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 携帯端末向けアプリ開発会社「ドットアーク」に勤めて丸2年が過ぎ、3年目を迎えていた。  短大を卒業して今年で23歳になるわたしの主な仕事は、営業担当さんたちのフォローで、書類作成、資料集め、スケジュール調整、簡単なおつかい、郵便・メールの整理だ。  この業界は競争が激しく、「雨後のたけのこ」のように、あちこちからニョキニョキ新しい会社が興ってはすぐに消えていく。  我が社はもともと社長の杵淵(きねぶち)さんが大学のサークル仲間5人と作ったベンチャー企業がスタートで、当時はまだあまり注目されていなかった「アプリ産業」で稼いで徐々に規模を拡大させ、わたしが入社した年には東証マザーズ上場を果たしたのだった。  ドットアーク――直訳すると「放電。」  そんな若干中二病的な社名は知らなくても、あのアプリを作った会社だよと言えば、たいていの人が「そうなんだ!そのアプリ使ってる!」という会社だ。  最初が少数精鋭の社員の集まりで、創業メンバーの幹部たちもいまだに営業や開発などあらゆる業務をこなしているためか、社長を始め幹部たちは役職で「社長」や「専務」と呼ばれることを嫌い、社員たちは「さん」付けで呼んでいるにもかかわらず、入社3年目の桜庭課長のことだけはみんなが「桜庭課長」と役職をつけて呼んでいる。  そう、桜庭課長は実はわたしと同期入社だ。  同期といっても、短大卒のわたしと大学院卒の彼とでは年齢が4つ離れているのだけれど、去年、つまり入社2年目で課長に大抜擢された超エリート。  桜庭春樹は、普通の社員とは一線を画す特別な存在だった。
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