桜庭課長とわたし

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 達成感半分、もう半分は5日短縮を実現できなかった後ろめたさを抱えて営業フロアに戻ると、新井静香が「どうだった?」と聞いてきた。  静香はわたしと一緒に追加募集で採用された、もうひとりの営業アシスタントだ。 「5日短縮は無理だったけど、3日短縮に成功したわ!どうだっ!」    どうだ!とか言っているけど、本当は長谷川さんにお情けをかけてもらっただけだ。  「すごい、すごい!さすがアニメ声!」 「関係ないでしょうが」 「いやあ、あるよ。俺らが頭下げに行ったって、怖い顔で睨んできて『断る』のひと言で全く相手にされず終わるもんな」  わたしたちの話を聞いていた営業さんが口を挟んでくる。 「いや、もっと低い声だぜ?『断る!』ってかんじ」 「いやいや、そこまで凄みはきかせてないだろ。もっと冷たく、俺はおまえらとは違うんだぞって見下す感じで『断る』だよな?」  営業フロアの一角で桜庭課長のモノマネ大会が始まった。  皆さん、一度は自分でアタックしてみて、桜庭課長の「断る」の洗礼を受けているようだということは理解している。  だが、しかし! 「何言ってるんですか、その『断る』がスタートラインで、そこからが勝負なんですよ!」  こぶしを握って力説しても、目の前の彼らは首を横に振るだけだ。 「俺らさあ、営業で相当鍛えられてるはずなのに、あの『断る』は何かメンタルやられるんだよね。田辺さんは勇者だよ」 「顔には出さないけどさ、きっとその声であの課長も癒されてるんだよ」 「うんうん、俺らホント助かってる、田辺さんありがとね」 「う…これからも頑張ります!」  くそう、まんまと丸め込まれた感が強い。
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