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「実際、うらやましいわよ。アンタは限界突破しまくった究極武器『アニメボイス』を持ってるけど、わたしなんて丸腰で魔王戦に挑まないといけないんだからね?アンタ、チートすぎるでしょ」
何を言ってるんだ、わたしは静香の目鼻立ちのくっきりとした整った顔と、スラッと背の高いプロポーションと、異性にどんどんアタックしていくバイタリティがうらやましくて仕方ないというのに。
そんな彼女がどうして追加募集まで内々定がもらえなかったかというと、オジサンたちとの面接で話が盛り上がりすぎて「きみ、水商売の方が向いてるよ」と悉く言われたらしい。
うちの会社の面接では、社長の杵淵さんから
「この住所って、昔、竹藪に百万円捨ててあったところ?」
といきなり住んでいる場所のことを聞かれたらしい。
「はい、そうです。近所です」
「惜しかったね、発見してたらいつかもらえたんでしょ?」
「何をおっしゃいます、わたしが捨てたんですよう」
これで笑いを誘い、その場で採用が決まったらしい。
わたしにしても静香にしても、他の会社では絶対に通用しない受け答えが、「センスのかたまり」と称される杵淵さんのお眼鏡にどういうわけかかなったわけだ。
しかし静香のこの最大の武器といえる話術&オンナスキルは、漆黒の魔王様に限っては通用しないらしい。
入社2年目で桜庭春樹が課長に大抜擢された後、開発部へ納期短縮のお願いミッションに挑んだのは静香が先だった。
誰もが静香の方が適任だと思っていたし、実際に何度か交渉に成功もしていたのだけれど…。
ある日、静香が完全に「無力化」されて泣きながら戻って来たとき、魔王様は「オンナスキル耐性」を習得したのだなと誰しもが悟った。
そして次に「よし、こうなったら営業部の隠し玉、田辺!行け!」と言われたのだけど、わたしは静香の様子を見てビビりまくっていた。
どう考えたって無理だろ~~っ!
そう思いながらも、一応これも仕事だ。嫌な仕事でもやらないといけないときはある。
そう腹をくくって、とりあえず何を言うかまずメモを書いた。
『桜庭課長、お疲れ様です。営業部の田辺と申します。いまお時間少々よろしいでしょうか。
ヴァンロードさんの納期短縮のお願いに上がりました。
先方もわがままを承知で心苦しい限りと…』
一生懸命書いていたら、それを横から覗いてきた静香に笑われた。
「ちょっと、何シナリオなんて書いてんのよ!かわいいんだから、もうっ」
「だって、睨まれたら怖くて何も言えなくなりそうだもん」
「どうせ無駄だって!」
さっきまでメソメソ泣いていた静香が笑ってくれただけでも、書いた甲斐があったよ。
そう思いながら、そのメモをお守りにいざ初の魔王戦に挑んだわたしだった。
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