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分かれ道②
「ここでいい」
雨に濡れないように建物の影を進みながらルカに連れられてやって来たのはあまり人の立ち寄らない倉庫の裏でした。
「えっと…コウモリ?ここは…?」
周りの人通りの少なさや静けさに疑問を感じながらルカに続いて進むと
「…!?」
コウモリがローブをはためかせながら一気に距離を詰めて来て、一直線に僕に殴りかかりました。
その拳を反射的に、ですがとっさの所で避けたはいいもののコウモリは休む暇もなく次から次へと攻撃の手を緩めず襲いかかってきました。
その拳は強く、速く…おそらく、少年兵時代よりも更に、格段に力を付けています。でも、僕だって…!
その瞬間、僕の体は空中に浮いていました。
回避しながら後退している際に、屋根に穴が空き、雨漏りしている場所があったようです。
もともと滑りやすい石材でできた床、さらに雨漏りの場所から雨水が伝ってできた水溜りの上に立っていた僕の体はコウモリの足払い一つで簡単に浮かされてしまいました。
そして、目があった瞬間。
僕はコウモリの重い一撃をそのままに喰らい、吹き飛び、倉庫の壁に打ち付けられました。
「……っ…ぅ…」
「…」
必死に叫び声を抑え、うなだれる僕の目の前までコウモリはまるで死体を確認しに来る兵士のように静かに歩いてきました。
そして、僕を見下すように立ち止まった彼のローブ下には、呆れたように、絶望したような表情がありました。
「弱いな」
「お前も、セルヴェル様も、弱い…」
その言葉にかっとなり、次は攻撃するために立ち上がろうとした僕の頭をコウモリは鞭のようにしならせた足で蹴り飛ばしました。
「…次の任務だけでいい、任務には来ないでくれ、邪魔になる」
「そんなこと…言われても!」
「セルヴェル様に言いにくいなら俺がここでお前の両脚を折ってやる、それなら次の任務に行かなくても済むだろう」
「…!」
コウモリの目は本気でした。彼の中には今までの訓練や任務で見せたことのない強い覚悟と信念があることが分かりました…。
「どうして…?」
「弱い者を守りながらの戦いがどれだけ難しいかこの前の任務で分からなかったか?」
「…」
「それに、…お前はセルヴェル様の弟として生きたいんだろう?ならただ守られているだけでいいじゃないか。だから…邪魔をしないでくれ」
懇願するようなその言葉とは真逆にコウモリからは絶対的な威圧と怒りが溢れ出ていました。
僕は、それに負けてしまいそうになって一瞬了承しそうになったけれど。ぐっと唇を噛み締めて、僕の口からその言葉を発してしまわないように押さえつけました。
そして、僕達は長い時間睨み合い…最初にコウモリがため息を付きました。
次に、コウモリは僕の脚を折るためにローブの中から一本の木剣を取り出しました…。
その時、倉庫の裏口に続く道への入り口で誰かの叫ぶ声が聞こえました。
その声を聞くと、コウモリは一瞬今までに見たことがないほど嫌そうに表情を歪ませました。そして、コウモリは急ぐように、慌てるように構え、「せめて、一撃で」と覚悟を決めたように振り下ろしました。
「待て、止めろ!!!」
次はその声が明確に聞こえました。
その声で少し動揺したのか、コウモリの剣先が揺らぎました。
そして、僕はコウモリが揺らいだ一瞬を付いて最後の力を振り絞り大きく横に飛ぶようにして回避しました。
「逃げるな!!!」
コウモリは僕が逃げたことに、自分が揺らいだことに激昂して次は一切の迷いを見せずにその剣を振り下ろしました。
ですが、その木剣が僕を捉えることはありませんでした。
「だから、待てっつってんだろうがよ」
その木剣をヒース様の剣が切り上げていたからです。
「なぜ止めたヒース!!」
「フォード様がもう手を打った!!だからもう…お前がそんなことをする必要はないからやめろ!!」
コウモリは今までに見たことがないほど真面目に、怒って向かい合ってきたヒース様にたじろいだ。
「ヒース様…フォード様が手を打ったって…」
でも、僕にとってはヒース様の先程の態度よりも何よりも…言葉がなによりも疑問で、悲しくて、怖かったです。
「…ごめんな」
ヒース様のその謝罪は何に対してだったのでしょう。言葉の意味も謝罪の意味も、僕には分かりませんでした。
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