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「リーシャ様、とてもお強いんですね」
始めてリーシャ様の剣術の腕前を見たとき、お兄様と打ち合っていた姿を見たとき。僕はその姿に、強さに嫉妬することさえ叶いませんでした。
「本当に王女様とは思えない腕前だよな、うちの先生方でもリーシャ様から一本取れる人はほとんどいないし、こうしてあのセルヴェル様と互角に渡り合っているし…」
隣に座った若い士官生の言うとおり、目の前では激しい攻防戦が行われていました。
しかし王女様が相手だからというせいかセルヴェル様は全力であるようには見えませんでした。ですがそれでも決めの一手が取れずに苦戦していることが目に見えて明らかでした。
(女性であるというハンデを抱えてこの強さ…。体格も、筋肉量も相手に負けているのは僕も同じだけど、何か僕よりも突出している気がする。)
それは一体なんだろう。僕とリーシャ様の違いはなんだろう。僕がぼんやりと考えごとをしていると木剣が床の上で跳ねる音が響きました。
「そこまで!」
審判のその大きな声で顔をあげると肩で大きく息をしているリーシャ様の首元にセルヴェル様の木剣の先が突きつけられたところでした。
「…流石の腕前ですわね」
「そちらこそ」
剣を降ろし、額の汗を拭うセルヴェル様の姿を見たリーシャ様は悔しそうに剣を拾いました。
「あれは…今日の午後は荒れるぞ」
士官生達が声を潜めて、小さくざわつきました。
「?…天気は良さそうですが」
「リーシャ様だよリーシャ様。リーシャ様は自分より強いやつが嫌いだから…」
「聞こえてますわよ」
リーシャ様のその一言で士官生達は大きく飛び上がりました。
「あ…えっと、その違うんですリーシャ様、さっきのはその…」
「いいえ、事実だから良いのです。それに私が私よりも強い相手全てに勝てるようになればいいだけですから」
リーシャ様はそうにこやかに応えてから「少し包帯を頂いてきます」と廊下へと出ていかれました。
「午後の授業、リーシャ様と当たったやつは残念だけど…駄目そうだな」
その日の午後、リーシャ様がいなくなった訓練所での予言は見事に当たることになり僕の隣に座っていた士官生は戦略の授業で見るも無惨な結果をあげていました。
〜〜〜
夜遅くにたくさんの紙束を抱えて帰ってきたお兄様は紙束と一緒に一直線にベッドへと向かい、そのまま突っ伏して倒れました。
「教師というのはなかなかに疲れるな」
「お疲れ様ですお兄様…あ、これレポートじゃないですか。駄目ですよちゃんと綺麗にしておかないと…」
お兄様の手から引き剥がすようにして手に取ったそのレポートの山の一番上はリーシャ様のレポートでした。
「こ、これ…すごい分量ですね。僕の倍はありますよ」
「読み切れる気がしないな」
「次から文字数制限をつけたらいいんじゃないでしょうか、地形の授業の先生がそうでした」
「…そうしよう」
そう言いながらベッドの上で寝返りをうつお兄様を見て僕はハッとしました。
「…お兄様、今日の実習の後医務室に行かれましたか?」
暑さに耐えかねて捲ったシャツの袖の先からは黄色く変色した大きなアザが見えていました。そして、捲ったシャツそのものにも傷口を拭ったせいか染み込んだせいか分かりませんが赤黒いシミができていました。
「いや、行ってないな。あの後まだ仕事があったしこの程度ならなんともない」
「ちゃんと処置しておかないと次にリーシャ様と当たった時が大変ですよ」
「それは…そうだな。頼んでいいか?」
お兄様は何かを思い出したかのように顔をしかめたあとしぶしぶベッドの上で身を起こしました。おそらく、リーシャ様から再戦を申し込まれたのでしょう。
僕は戸棚から薬や包帯を取り出し、すぐにお兄様の元へと向かいました。
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