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昼前、僕は第三部隊との準備が終わり、馬車の前で一人で待機していました。
一年を通して穏やかな気候の我が国でも流石に夏の昼となると蒸し暑く、じりじりと照りつける日光が肌に刺さるようで気持ちよい状態とはいえませんでした。
あのあと、僕はフォード様のもとに向かい準備を行いました。
フォード様の命令はとても的確で、分かりやすいものでした。戦術も僕にも直感で分かるほどによく錬られていてとても合理的な思考をされる方だとも思いました。
しかし、
「セルヴェルから無理に引き剥がす形になってしまってすまないね、この任務にはどうしても君に当たってほしかったんだ」
という言葉だけはよく分かりませんでした。
信頼、というだけの理由ではないような、そんな気がしました。
馬車の前で首をひねっていると、ヒース様に連れられて僕とあまり年の変わらなそうな一人の少年がやって来ました。
その少年は僕と同じく一般的な貴族のような格好をしていますがどこか不慣れな感じがあり、さらに目元まで伸ばした金色の髪のせいで表情がよく分からず不思議な方でした。
そして、どこか辛そうな、悲しそうな顔をしている気がしました。
「今日はこの馬車に乗ってください。南には飛ばしますので夕方までには到着予定です。そして彼が今日の護衛です。セルヴェル様のお気に入りで俺よりも若いですが腕は確かです」
茶化すようなヒース様の紹介に続き挨拶をしてみたものの、少年は目を丸くしてから、曖昧な返事を返し、俯いてしまいました。
そんな彼に僕は今まで目上の人を接待したことがなかったのでどうしたらいいものか困ってしまいました。もし、本命であったら大変なことです。
そして、少しの間沈黙が続いたあとにヒース様は少年に
「まあまあ、外にはフォード様もいますから。安心してください。」
と話しかけました。
その後、僕はヒース様に肩を掴まれ、ヒース様の顔が僕の耳の真横まで押し寄せられました。
「この方はヘンリー様。冗談もお世辞も好まないうえに器の広い方だから最低限の礼儀と任務だけしとけばいいよ」
彼は、一言だけ忠告をすると「それでは俺はまだ任務がありますので失礼します」とヒース様は踵を返し、馬車の前には僕とヘンリー様だけが取り残されました。
「君は、セルベル様の新しい弟って噂の…?」
うつむいたままのヘンリー様のその言葉に僕は少し迷いした。
僕自身は弟であると考えていますが書類や血縁上はそうではないからです。
軍内にも、外にも、僕達の関係を少なからずよく思っていない人達はいます。でも、
「はい、そうです」
どうしてかこの時は胸を張ってそう言いたくなりました。
〜〜〜
その後は、ヘンリー様を馬車の中に案内し、出発の時間を待ち、出発し、1つ目の平原の半ばまでどちらも一言も発さず、ただ任務に、敵の襲来に対して集中力を研ぎ澄まし、神経をすり減らしていました。
「あ、あの…」
先に言葉を発したのはヘンリー様でした。
「あ、はい。なんでしょうか」
「君もやっぱり…戦うの?まだ若いのに…」
「はい、戦います。全力でお守りしますので安心して下さい。」
「いや、その…別に、大丈夫だよ。僕は人の命よりも価値のある人間じゃないから」
その言葉の意味が僕にはよく分かりませんでした。それは、ヘンリー様が影武者だということでしょうか。
「…それは僕がヘンリー様を守らない理由にはなりません」
ヘンリー様が影武者であったとしても、守りきるのが僕の任務です。
なぜ、このようにヘンリー様が考えているのか。その疑問は僕の顔に出てしまっていたようでヘンリー様はさらに表情を曇らせてしまいました。
「その…僕ね、代替品なんだ。トール…兄さんの。」
「代替品…ですか?」
「僕の兄さん、突然病気で死んじゃってね…。代わりに僕がこれから、南の第4王女様のところへ行って、婚約して、南の植物研究所に特別研究員として入るんだ。どっちも、元々は兄さんのものなのに。しかも、兄さんの代わりになるために僕は自国の戦争から逃げて、沢山の人の命を犠牲にして今生きているんだ」
ヘンリー様はその言葉を振り絞るように吐き出し、
「もう、嫌なんだ。疲れたんだ。もし、襲来が来たなら僕をそのまま死なせてほしい」
さらに、その懇願のような願いを吐き出した時、ヘンリー様はようやく曇った顔を晴らし僕に向かって笑いかけました。
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