始まり

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始まり

 僕は孤児でした。  だから僕は幼いころに軍に招集されました。  そして、ずっと硬い訓練用の木剣を片手にしたまま往復する冷たい寮と血と汗の染み付いた訓練場という狭い世界しか知りませんでした。  転機は3年前でした。軍の中でもエリートだったセルベル様が東との大戦で利き腕を無くしました。そこでセルベル様の腕の代わりとして僕が選ばれました。きっといつも過酷な戦場に駆けつける彼の片腕に名門の貴族様や上級兵士様をつかせるわけにはいかなかったからです。僕は、使い捨ての片腕になりました。  そして、セルベル様はいつも寡黙でだれよりも賢く、強い方でした。周りの人達からは冷たい、残忍だと言われていました。  でも僕にたくさんのことを教えてくれました。きっと使い捨ての片腕であったとしてもエリートである彼の片腕に相応しくあらなくてはいけなかったからでしょう。  僕はセルベル様の片腕として一日の殆どを彼と共に過ごしました。でも、セルベル様は元々は両利きだったようで僕の出る幕はあまりありませんでした。  そして何よりもセルベル様は特に剣術に優れていました。セルベル様は利き腕の右腕を無くしていましたが、それでもとてもお強かったです。だから、僕は剣術の指南のたびにたくさんの痣と傷を作りました。同期やセルベル様の部下達にはとても同情されました。かわいそうだと言われました。  でも、本当に僕はかわいそうなこだったのでしょうか。  あの時僕のことを哀れんだ同期も、セルベル様の部下もほとんど今では残っていません。あの後、敵国である東の国が中立国であったはずの北の国と手を組み、大きな戦いが起こったからです。  何度もここで死んでしまうのではないかも思いました。でも、幸運にもセルベル様よりも強い相手は僕の前には立ちませんでした。だから僕達は剣を振り、敵か味方かも分からない骸を踏み、血で染まった大地を駆け抜け、たくさんの戦功をあげました。  僕にはどうしても戦場で死んでいった彼らのほうがかわいそうだと思ってしまうのです。  敵は僕達のことを悪魔だと言いました。僕達の功績を見た人たちは僕たちのことを恐れました。  僕は、僕たちはいつの間にかわいそうな子供から人々に恐れられる悪魔になってしまったようでした。  特に、僕たちを率いるセルベル様が悪魔だと、人々から恐れられました。  僕は、今まで孤児だからとからかわれても、かわいそうだと言われても、どこか、自分のことのように感じれなくて、よく分かりませんでした。  でも、どうしてか、セルベル様が悪魔と呼ばれるのは、胸がズキズキと痛みました。  あれから数カ月後、セルベル様のご活躍により、僕達の部隊に新たに援軍としてセルベル様の旧友のフォード様達が駆け付けてくださいました。ここに来る前の戦場では素晴らしい活躍を見せたらしいです。  フォード様の部下の方々はみないい人ばかりでした。でも、僕は「君はセルベル様のお気に入りなんだな」と言われるのがよく、分かりませんでした。そして、その僕の姿を見て悲しげな目をするフォード様のこともよく分かりませんでした。  その2日後の夜に僕はセルベル様に呼ばれました。時間の少し前にテントの近くに行くとフォード様がテントの前にいました。2人の邪魔にならないように隠れました。 「今日は遅いからもう帰るよ、久しぶりに話せて楽しかった」 「私もだよ」 「ところで、お前あの少年を……弟の姿と重ねているだろう」 「…やはりそう思うか」 「あれはお前の片腕であっても物ではないんだ、よく考えろよ、人は変わる、それにいつかは手放さないと行けなくなるかもしれないんだ」 「あれは…変わらないよ…」  やれやれと肩をすくめてから「私はいつまでも君の友人でいるつもりだ、相談はいつでもしてくれ、子供の相手も君より私の方が得意だしね」と茶化してフォード様は帰っていきました。フォード様は変わった人だと聞いていましたがとても優しい人のようでした。 「そこにいるだろう、待たせたな」  フォード様は僕に気付いていたようでした。 「申し訳ありません」 「長話していた方が悪い、気にするな」  その後はこれからの進軍の予定や物資の確認の報告を普段通りに行いました。でも、セルベル様から見ると、僕は普段通りではなかったようでした。 「何か考え事か、まだ時間はある、言ってみろ」 「…セルベル様には弟君がいらっしゃるのですか?」  少しだけ、気になっていたこと、普段なら、絶対に聞かないことでした。でも…あのときは自分以外にもセルベル様のお気に入りがいるのかという疑問が、よく分からない感情が、僕に魔を指させました。 「弟は初陣先で死んだ」  その言葉を聞いたとき、僕が如何に大きな誤ちを冒してしまったかに気付きました。 「…っ、申し訳ありません」 「…お前は嫌なのか?」  僕には、その質問の意味が分かりませんでした。 「外でも聞いただろう、私はきっとお前を弟に似せようと、弟を取り戻そうと必死だったんだ」 「あいつの言うとおりだ…嫌ならやめよう」  セルベル様は、ずっと苦しんでいたのでしょう。今日の取り乱したその姿から、よく、分かりました。 「それでも、お前は私には必要不可欠なんだ、だからー」 「僕は、いつでもセルベル様のことを慕っておりますよ。国の英雄としても、兄としても」  僕の胸から出た、純粋な気持ちでした。  驚いた表情をしたセルベル様の手を握りしめると、震えていました。 「やはり、お前は弟と、魂が似ているな」  そう笑うセルベル様の、お兄様の笑顔は、僕が見てきたセルベル様の表情の中で1番の宝物です。
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