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決意
今日は、自分の足でここまで登ってこられた。
動かす方向によっては引き攣れが気になる時もあるけれど、これだけの範囲に火傷を負っても自由に動けるということは、女神が……母が、印を与える時に細心の配慮をしたということなのだろう。
眼下の景色に、昔の緑の広がるそれを重ねることが難しくなってきた。今のこの光景が、見慣れた風景になっていくのだ。
登ってくる途中、偶然、掴んだ木の皮が剥がれ、身を寄せ合う虫を見つけた。噴火後の谷で、初めて見つけた命だった。テンション爆上げでツキシロに報告したら、それ、食べる気じゃないだろうな? と嫌な顔をされた。いつまでも些細なことを根に持つ奴だ。ハチの子を黙って食わせたのが、相当癪に障ったらしい。
傍らのツキシロは、代り映えのしない黒い平地と、不格好な岩山をぼんやりと眺めていた。銀細工のような髪が風になぶられ、陽を返してキラキラ光る。触れれば折れるような佇まいなのに、その実しなやかで、思いの外強靭だ。
「触ってもいいか?」
「……なんだよ。いつもは黙ってくっついてくるクセに」
上目遣いで、怪訝な顔をする。いつもこいつは憎まれ口ばかり叩く。
正面から覆いかぶさるように抱き寄せて唇を重ねた。柔らかな唇はひんやりと冷えていた。抵抗もされなければ、別段何の反応も返ってこない。ちょっと意外で、身を引いてツキシロの顔をマジマジと見た。
「確かに……それは、許可が必要なヤツだな。……なんだよ。じろじろ見て」
「ん……なんか反応があるもんだと思ってたから……さ……」
ツキシロはちょっと眉根を寄せて複雑な表情をした。
「……あのな、毎日毎日体拭いたり下の世話してたりしてたらばさ、今更、ちょっとやそっとのことをされてもロマンチックな気持ちには成れんわけよ」
「なっ!」
こいつ、オレの意識が無い間、オレの身体を隅から隅まで見てたってのか? いや、でもそれは治療のためにヒツヨウだったことであって、決してその興味本位や下心的なことではないわけで……。でも、待てよ、こっちは曲がりなりにも健康な成人男子なのだから、無意識下と言えど反応する場所は反応していたかもしれないよな……。どんな顔して見られていたのか想像するだけで、……ああ、猛烈にハズカシイ! みるみる耳まで赤くなっていくのが自分でも分かった。
「お前が生娘みたいな反応してどうすんだよ」
困り眉のまま、ツキシロは笑った。愛い奴だな、とつぶやくと、オレの首に手を回して強引に唇で口をふさいできた。歯を押し分けて絡めてきた舌に完全に面食らった。ここで狼狽えては負けだ、と思ったが、とうとう主導権は取られたままだった。
荒い息をついて離れると、ツキシロは勝ち誇った顔で舌なめずりをしていた。
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