ルーチンワーク

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ルーチンワーク

 あ、揺れてる。  足元からの振動を感じて足を止める。たいして大きな揺れではない。走っていたとしたら気が付かない程度の僅かな振動だ。でも、これは警告だ。 (忘れるなよ。私はここにいる)  あの日から彼女の去就が気になって仕方がない。  自分一人で何ができるわけではないけれど、せめて縁のあるモノは守りたい。気難し屋のご機嫌取りで、ことを先延ばしに出来るのであれば、いくらだって骨を折ろう。  しかし、どうにもならないものもある。  乱暴に枝打ちされている灌木を発見した。枝の切り口に手を添える。  ここまで、侵入してきたのか……。  ベルトに縫い付けた鈴をチャリチャリと鳴らしながら、獣道に足を踏み入れる。ゆっくりと左右に目を配りながら進む。  灌木の一角に違和感を覚えて、手近な石を放った。目の前の地面がふいに持ち上がる。網罠が埋めてあったらしい。目の高さまで引きあがった網を見て溜息をつく。  アホだな。  重量級がかかったら上がるわけがない。  腰に下げていた鉈で仕掛けを吊り上げていた綱を切り落とし、背に負ったカゴに詰めて回収する。ばね式の罠も二つばかり回収した。    さらに奥を行くと、大きな樫の木が輪になってそびえる空間へ出た。木の幹にはいくつもの派手な爪痕がついている。  クマのマーキングだ。  普通の感覚のものは、これを目にしたら引き返す。  だが、中には、そうでないものもいる。  昨日、一人喰ったと報告を受けた。美味くはなかったそうだ。  いいさ、好きにしろ。そもそもお呼びで無い奴らだ。  身一つで入ってくるならまだしも、罠を仕掛ける質の悪い奴なんだから、それくらい覚悟の上のことだろう。  この道は子どもも通るんだぞ。  森の奥へと続く道を眇める。  この先の谷を下ると、女神の聖域だ。村のある位置とはちょうど反対側にあたる面に出来た浸食谷で、谷の扇状地に夢見草の群落がある。浸食谷から転がり落ちてきた石の卵が堆積しているエリアでもある。  ふとどき者が狙っているのはそこだ。  村では子どものみが入れる聖域として昔からのしきたりを守っているが、余所者にはそんなことは関係ないと見える。子どもしか入れない魔法がかかっているわけではないと知ると、こっそり侵入しようとする輩が現れた。  日々、イタチごっこだ。  何人の侵入をも拒む策を施すのは簡単だ。  だが、村の子どもが石の卵を取りに来られるようにしなくてはならない。  そこが、ジレンマだった。  幸いと、村の者がお目付け役をしてくれているので、数を恃むような輩は来ない。森に住まう仲間を頼り、巡回することで何とか守っている。 (次は、無いよ)  目を閉じる。ああ……胆に命じているよ。
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