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錠前に挿した鍵を回し、扉を開けて部屋に入る。玄関で何か違和感を覚えたが、大福の表情を見ることが優先だったのでリビングへと急ぐ。大福はキッチンで料理を準備しているはずである。
「ただいま、大福」
しかしそこに大福はいなかった。電気は付いていたが、キッチンには何もなく、テーブルの上にも何もない。部屋中が、死んでしまったかのように静まりかえっている。
「……大福、どこにいる?」
ロフトも、洗面所も、トイレも、ベランダも隅々まで探した。成人女性が入るわけがないと思われる隙間まで探した。冷蔵庫や洗濯機の中まで見た。だが、大福は見つからなかった。
探す場所がなくなり、途方に暮れた良介は玄関の違和感の正体を探るために玄関へ戻る。数分玄関を見つめると、良介は違和感の正体に気がついた。
大福の靴がない。
いつも大福が履いているクリーム色のスニーカーがなかった。良介が帰宅する時間に必ず大福は家にいるので、良介は毎日玄関でクリーム色のスニーカーを見ていた。
家を出て行った?
昨日、大福は、自分は良介の邪魔になっていることを気にしていた。自分の存在を否定し、家を出ていってしまったのだろうか。だが、大福の荷物のほとんどが良介の部屋に残されている。ないのは、大福がいつもバイトに持って行くトートバッグだけである。
良介は一旦いつもの位置に座った。何ヶ月かぶりの部屋の静けさに耐えかねて、良介はテレビを付けた。テレビの音は無意味なノイズにしか聞こえなかったが、音がない空間よりはましだった。
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