3.自称・写真家の遺品

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 なのに。彼は父がその日に準備した料理をいくつかピックアップして、厨房に大砲のようなレンズをくっつけた一眼レフのカメラを持ち込んできて『本日のシェフメニュー』として撮影する。  レストランのサイトまで作成してくれ、そこに毎日写真をアップする。それすらも彼は『僕の趣味なので気にしないでください』と言う。  戸惑っていた父だったが『なんか予約が増えた。おいしそうな写真に惹かれたとか言われた』と、彼が運んでくるものを目の当たりにして、奇妙な生き方をしている男だったが、徐々に信頼関係が芽生えて、彼の写真活動も大事に見守っている。 「いままで働いてきた中で、十和田シェフのところがいちばん働きやすいよ。大沼の写真をいっぱい撮れて、僕、いま、しあわせ」  いつもの湖畔の東屋で、朝の写真を見せてくれるとき。彼がハコにそう漏らしたことがある。  葉子はいまでも、彼のその時の優しい表情が忘れられない。彼にとってはほんとうに至上の日々であったのだろうと思える。  彼が遺したものを、父と整理する。 「ご家族、いなかったの?」 「ああ。神戸で勤めていたレストランに問い合わせたら、その頃にはもうご両親も亡くしていたよ。兄弟はいなかった。出身は神奈川の小田原らしいが、親戚もみつけられなかった」 「じゃあ。この膨大な写真データ。私たちが預かっていていいのかな」
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