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5.名もなき朝の唄 名もなき朝の写真
「葉子が使ったらいい。待っていたんだろ。だから、動画を配信していたんだろ。ま、東京の学校に出しただけあったわ。唄は、うん、けっこう聴ける」
黙って歌手になる道を歩む娘を見守って、そして、訳のわからない動画配信をくじけずに続けている娘に対して、初めていたわりの言葉をかけてくれた。
「大事に使わせていただきます」
葉子が大事に管理していたデータは、今日からは父の許可のもと、葉子が使用できるようになった。
「お父さん。給仕長はもう雇わないの?」
秀星が死去してから、その席が空いたままで、彼の教え子である葉子と地元で雇った若いギャルソンだけでなんとかこなしてきた。
「いま、募集はしている。だけどさ、おまえが、だいぶできるようになってくれていて助かっている。まさかな、カメラまで自分で買って、秀星と同じように俺の料理を毎日撮影して、毎日あいつのパソコンでWEBサイトにアップしてくれるだなんてな……。あいつ……、まさか、娘をこんなふうに育てて、店のために、遺してくれて……」
だめだ。父は彼がいなくなってから変に涙もろくなっている。
弟分であって、そして、オーナーシェフとメートル・ドテルという相棒だったのだろう。
雪解けが進んできたころ。眩しい陽射しが湖面にさす朝。ハコは初めてカメラのまえに姿を現す。
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