24. 北星秀・写真集 『エゴイスト』

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『笑顔よくなった』 撮影:北星秀 保存されているデータ名がこれだった。 彼が毎日撮影していた父の料理の写真と一緒に紛れていた。 ほかにも『まだ背筋曲がってる』、『カトラリーを並べる姿、よし』、『ワインを注ぐ姿勢、惜しい』と、まるで評価のようなものが保存名としてつけられていた。 いつも見てくれていた。私がこの仕事で唄以外で生きていけるように。自分もそうだったからだと思う。好きなことを好きなままでいるための生き方は、北星から教わった。彼が遺してくれた私への財産。 はじめて、自分のことを素直に綺麗と思えた写真。 写真にはそんな力があると、初めて知った写真。 でもわかった時には、それを伝えたい彼はもういなかった。 (ハコ 十和田葉子) 『七月十三日 アミューズ プチトマトのコンポートと蓴菜のカクテル』  撮影:北星秀 大沼特産の蓴菜(じゅんさい)を添えたアミューズ。 彼が毎日記録してくれたひとつ。 コンポートの味付け試作は、北星も一緒だった。 彼と一緒に探した余市(よいち)産の白ワインで試すと上出来で、あの静かな男が『美味い、すごい瞬間に立ち合った』と無邪気にはしゃいでいたのを思い出す。 彼と過ごした時間は、料理人人生でも、忘れられない歳月となった。 完璧な接客で厨房にアクセスしてくるため、料理人としても気の引き締まる、良い仕事を実感できるもので、最高のパートナーだった。神戸で手放したくなかった矢嶋社長の気持ちがよくわかる。 どんなことにも丁寧に誠実で真摯な男だった。写真で仕事に支障がでることは一度もなかった。 堅実な彼が『わがまま』をひとつ望むのであれば、最後の撮影がそれだったのだと思う。 その彼がどうしても手に入れたかったものだったというなら、自分もそれを認めて、送り出したいと思う。娘とともに。 これからも彼が遺したものは、娘と守っていく決意です。 (七飯町大沼 フレンチ十和田 シェフ 十和田政則)
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