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柔和な物腰のその人は、父が雇っていた『ギャルソン』で、葉子に仕事を教えてくれる上司ということになった。
オーナーシェフである父から『頼む』とだけ言われ、メートル・ドテル(給仕長)を務める彼が葉子を預かることになった初日。
「えー、シェフのお嬢様ですね。ハコさんですか」
最初から名前を間違えられた。
「葉っぱの子で、ヨウコです」
「あ、そうだよね、そう読むよね。申し訳ない」
そんな読み方する人は初めてだよ――と思いつつも、確かに変わったかんじの男性というのが、葉子の第一印象だった。
だが仕事は一流で、父が『できればずっといてほしいんだよな。あんなレベルの給仕、こんな地方のフレンチでは来てくれない』と認めるほどの男だった。
「お辞儀の角度、甘い」
「まだ背が丸まっている」
「カトラリーを置く位置を間違えている」
「お客様への目線を落とす位置が高い」
「仕草が美しくない。指先まで神経を尖らせるんだ」
「でもさすが、発声、発音はよし!」
フレンチレストランの給仕の基本を叩き込まれた。
まだ諦めていない夢がある。本当はこんなことしていたくない。お金がないからしかたがない。嫌々やっているんだ。どこかでいつもそう思っている。そうすると、彼にその雰囲気を感じ取られ、そんなときにはビシッと活を入れられてきた。
「ひとつの仕事を軽んじる者は、夢など叶えられない」
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