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「いらっしゃいませ。本日は遠いところからのご来店、ありがとうございます」
彼が持っていた鞄から『エゴイスト』というタイトルが見える書籍を取り出した。この店にその写真集を持ち込むゲストはほぼ『ハコチャンネルの視聴者』だった。
「こちら、北星秀さんの写真集です。今日もここに来るまでに飛行機の中、眺めながら来ました。こちらに到着したら、写真とおなじ風景が見られて感激です。お店に来る前に、父と母と大沼をタクシーでくるっと回って散策道も歩いてきました。オススメの睡蓮がとっても綺麗でした。えっと……あなたが、ダラシーノさん……ですよね?」
そう声をかけられたら、蒼の表情がころっと変わる。
「さようでございます! 私がダラシーノでっす!!」
片手を高く挙手して胸を張って大声で叫ぶ。
視聴者の彼も、お連れのお客様もその一声でびっくりしてのけぞり、しばし呆然としている。でもそのあとすぐに笑顔になる。
篠田は『ダラシーノ』とご存じのお客様にのみ、メートル・ドテルの姿を崩す。これが『例外』だった。
「そうそう! いつものひび割れちゃう声! 生声でもこんなに大きかったんですね。納得!! わー、ダラシーノさんだ!」
握手を求められて、蒼もにこにこ笑顔で応じる。
でもお客様はそこでもう一度、蒼をじっと凝視するのも、ほとんど皆おなじ。黒いジャケットとスラックス、ベストに白いシャツ、そして黒い蝶ネクタイをしているすらっとした男を見て、今度は首を傾げているのだ。
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