1.『フレンチ十和田』は満席です

8/8
前へ
/595ページ
次へ
 蒼が玄関を開けようとしていたが、きちんとしたご挨拶の姿勢を給仕長に整えてほしいので、慌てて葉子から玄関のガラス戸を引く把手(ハンドル)を握る。それを見た蒼が、お客様と対面になる姿勢を整えた。  ドアが開き、お年を召した白髪のご老人が来店する。  お顔を見る前に、篠田給仕長は深々と頭を下げてお出迎えのお辞儀を見せる。 「いらっしゃいませ」 「あの、予約以外でも、よろしいでしょうか」  当日、飛び込みのお客様だ。これはお断りのパターンだな……と、葉子は申し訳なくなってくる。  今日は満席、ホールも厨房もフル稼働で余裕がない。ただし『例外』を除いては――。  蒼が頭を上げる。少し眼差しを伏せた表情に整えているのを見て、葉子にも『あ、断る』というのがわかった。 「申し訳ありません……」  という表情を見せてから、お客様と目線を合わせる。そこでほのかな微笑みを浮かべて、お断りを示す。 「本日はご予約のみとなっておりまして――」  蒼とご老人の目が合った。  そこで、何故か蒼の言葉が止まった。  いつもの流暢(りゅうちょう)な接客トークが出てこない彼を見て、葉子も訝しむ。  それに、蒼の表情が強ばり、驚きの目をしているのがわかった。この方は、いったい?
/595ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1151人が本棚に入れています
本棚に追加