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3.男がふと微笑むとき
「いや~、もう度肝を抜かれましたよぅ。いまでも耳の奥に給仕長に叱られたお声が残っているので、緊張しちゃいましたー。『ちゃんと受付しないとただじゃおかねえぞ、オラっ』という目をしていたんですもん」
「正解だ。そして合格だ」
「ほら~ほらほら~。こわっ!」
「あはは。相変わらずだな! は、よいのだが。本当は迷惑だよな? 予約なしの飛び込みなんて。すっかり人気店のようで、今日も『予備席』しかないのだろう。函館に宿を取っているんだ。明日でもかまわないが予約も日々満杯なんだろう」
どうやら、蒼の対応がディレクトール(総支配人)を兼任するメートル・ドテルとしてどうするか試していたということらしい。そして、蒼もそれにすぐに気がついたから、知り合いだとしても、迎え入れるギャルソンとして応えたということのようだった。
『予備席』の事情がわかっている元メートル・ドテルならば、こちらの事情もわかってくれるのでは? 葉子はふとそう思った。先ほどの『逃げ道を塞ぐ』やり方も、元メートル・ドテルだからこそ、こちらが困る要望を言い出したのだろう。ここは退いてくれるのでは――今夜は――。葉子はそう思ってしまった。
だがそこがキャリアを積んできたプロである蒼と、まだ数年しか経験がない葉子の違いか。
「いいえ。一度承ったのですから、遠慮は無用です。甲斐様でなくとも、つねにそのように受け入れる態勢を整えております。厨房もおなじです。せっかく大分から来てくださったのだから、どうぞ、今夜だからこそお楽しみくださいませ」
蒼がメートル・ドテルの姿に戻ったので、葉子も隣にならんで一緒にお辞儀をした。
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