3.男がふと微笑むとき

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 やっと秀星のお師匠さんも、哀しげに眼差しを伏せて、僅かに睫を揺らし、息も小さく震えていた。蒼もそれに気がついたからなのか、すぐ隣にいる葉子の肩を仕事中なのに、ぐっと抱き寄せてきた。 「ええっと。妻になった葉子です。ハコちゃんですっ。はい、葉子ちゃんも!」 「え、はい。妻になった葉子です。よろしくお願いいたします」  蒼につられて、葉子もあたふたといつの間にか挨拶をしていた。  そうしたら、甲斐師匠がやっとクスッと笑みをこぼしてくれる。 「ほんとうに、おめでとう、篠田、葉子さん。葉子さんも、いろいろと大変でしたね。秀星が遺したことを、本当に家族のように大事にしてくれてありがとう。篠田のことも、よろしくお願いいたします」  まるで蒼の父親のようにして頭を下げてくれた。  蒼も秀星も、こうして目上の人に愛される資質があると、葉子は改めて感じ取った。  それは何故か。『受け継いでゆくべきもの』を受け継ぎたい者の想いを、受け継ごうとする者が応えて引き継ぐ。伝統に技術を残していこうとする使命をお互いに感じ取って、意思疎通をしたことがあり、その気持ちを通わせたことがあるからだ。  そして、それは甲斐元給仕長から秀星へ、秀星から蒼へ、そして葉子へ神楽君へと受け継がれていく。  信頼の『絆』は、そんなことからも生まれるのだろう。 「では、甲斐様。あらためまして、いらっしゃいませ。ご案内いたします」  篠田給仕長自ら、師匠を案内していく。  葉子もついていこうとしたが『シェフに伝えて』と言われたので、葉子だけそこからそっと厨房へと退く。
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