20.いつまでも居てほしい

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 写真集に掲載した『ここは貴女のお父様のライブ会場です』という喩えのお説教のことを、甲斐チーフが急に持ち出してきた。そんなときは、優しい微笑みで葉子を見てくれる。 「あの時点で、しっかりと叱られたことが良かったと思います。つまりは、桐生も本気で育てる心積もりだったのでしょう。厳しくとも、あなたの将来を思って決意と叱責だったことでしょう。そこから今日まで、葉子さんは邁進してきたのです。大きなレストランではないからと気にするのもやめましょう。むしろ、給仕をするスタッフが少ないという状況で、これまでたくさんのことをこなしてきたはずです。自信を持ってください」  尊敬する師匠からの後押しに、葉子もやっと心が軽くなってきた。 「はい。自信がないなりに、精一杯やってみます」 「そう。その心構えが大事です。さあ、支度をしましょう」  蒼が面接をして採用をしても長続きをする者がいない業界でもあった。  サービスマンという仕事のハードルの高さ、そして、継続していくことの意志の強さを葉子は思わずにいられない。きっと、甲斐チーフも、蒼も、そう秀星だって。 「あの、甲斐チーフはもちろん、桐生給仕長も、篠田給仕長も、コミ・ド・ランの下積みを長くして、ここまで来られたんですよね」  自分は、たまたま父親がレストランを経営していたので、このような道を進む機会があっただけのことだが、このメートルたちが、どうやってここまで辿り着いたのか急に気になって、葉子は聞いてみた。  甲斐チーフが、ワインカーブのほのかな灯りの中、低い天井を見上げながら顎をさすり、『そうですねえ』と昔を思い出したのか苦笑いをみせた。
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