40.私の北極星

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「あれぐらい冷徹にものを言えなきゃ、あの若さでメートル・ドテルになれるもんか。まあ、秀星は人に媚びない分、仕事に忠実だった分、人にどう思われるだなんて気にしていなかったからな。だからこそ、孤独だったかもな。『長』は意外と孤独なもんだ。矢嶋社長が大沼に来て、気を抜いたようなお顔をされているのも、ここのレストランが癒やしなのだろう。私もそう、ここで生き返った。きっと秀星も。篠田、おまえもだろ」 「そうですね……。その前から、十和田シェフの料理から見えてくる気概と、葉子の動画配信に支えられていましたから」 「だろう。不思議だよなあ。俺たち、歴代メートル・ドテルが大沼に来てしまったんだから」  いつもここで『奥ちゃんと出会って、結婚できちゃいましたっ』と、明るくしようとおどけそうなのに、蒼も感慨深そうな大人の男の微笑みを見せて、ホットワインのカップを見つめている。 「ほんとうに不思議ですね。この大沼の空気と、フレンチ十和田の人たち、だから、かな」 「そうだな。特に、あの十和田シェフの男気、奥様の深雪さんの柔らかなおおらかさ。そのお嬢様である葉子さんの感性豊かな素直さ、かな」  うわ、静かに聞いていたら、思わぬ言葉で葉子を語ってくれたので、びっくりして飲んでいたホットワインを噴き出しそうになった。 「チーフ、私、そんな。なんにもできない大人だったんですよ」 「ずいぶん昔の二十代のころのことでしょう。気がついていないんですね。ソムリエ向きの表現方法が身についていましたよ。シャトー・ディケムを飲んだ感想、前も言いましたが、葉子さんは唄をたくさん唄ってきて良質な歌詞に触れてきたので、言葉の表現が身についているんですよ」
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