40.私の北極星

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「それ、俺も思いました。初心者の表現ではなかったですよねえ」  蒼まで。そういえばシャトー・ディケムを飲んだときに、なんだか驚いた顔をしていたのは、彼がそこに気がついたからなのかなと葉子は改めて知る。 「なにもできないなりに、葉子さんは必死に積み重ねてきたのですよ。秀星一人ために一生懸命になってくれる『フレンチ十和田』の皆さん、私もこれでまた、残りの人生を歩んでいけます。これからは、大分の家族と、大沼の『フレンチ十和田』さんのために、力になっていきたいと思っています。大分に帰ってからも、よろしくお願いいたしますね」  これからも続くんだよ――。師匠からの言葉は、今日の葉子にはよくわかるから、『はい。これからも一緒に』という気持ちで微笑み返すことができた。  徐々に甲斐チーフと一緒にいる日々と別れる心積もりが整っていく。  でもその向こうには、私たちが新しく歩んでいくための、新しい生き方が待っている。  これからも、それぞれの星が夜空で繋がっている。星座になって繋がっている。  その中に、秀星もいる。  ひそやかに輝く星。北極星のように。四季が巡っても同じ位置に永遠にいる。  去年は声がでなくて、蒼とふたりきりスマートフォンを通じて会話をしていたけれど、今年は師匠も仲間入りして三人、楽しく過ごしていく。  やがて駒ヶ岳の山裾がうっすらと明るくなってくる。  蒼がシュラフから出て、水辺へとカメラ片手に向かっていく。  葉子も持ってきたタブレットを持って準備をする。  甲斐チーフも手伝ってくれる。  その時間が来るまでに、葉子は発声練習をした。  最後、ギターを肩にかけ、あの場所に立つ。
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