41.星の薫り

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 すごく冷たい目の人。それが第一印象だった。蒼が言ったように笑わない。いつも同じ表情で、目の表情も変わらない。ほんとうにサイボーグみたいな人だった。 「そろそろ準備の頃合いですね。十和田さん。厨房に行きますよ」 「はい。西園寺チーフ」  引き継ぎをするため、チーフがふたり葉子についている状態だった。  甲斐チーフが全責任を持ち、徐々にソムリエとしての業務を西園寺チーフに引き継いでいる。  ボトルを順に厨房へと移動させる。  ディナー開始前で、父と料理人たちは、いつものように忙しく動き回っていた。  その厨房の端にあるアルコール準備用のカウンターで、新しい上司と一緒に準備をする。 「お一人でできると聞いています。十和田さん、やってみてください」 「わかりました」  まだ来たばかりの西園寺チーフは、葉子がどこまでできるかここで見定めるつもりのようだった。  この半年、甲斐チーフから毎日毎日たくさんのことを丁寧に教わってきた。それを葉子は、甲斐チーフの恩に報いるためとばかりに、気を抜かずに準備をする。  秀星が使っていたソムリエナイフでボトルのキャップシールを切り離す。コルクにスクリューを当て差し込んでいく。ゆっくり慎重に、コルクがワインの中に落ちないように。ちぎれないように丁寧に開栓する。  葉子のそんな動向を、あの冷たい目で西園寺チーフがじっと凝視している。  少し緊張するが、すべて葉子が積み重ねてきた動作で技術。メートルたちから受け継いだものだ。  今度の新しい葉子のメートルは、いままでの師匠たちより年若い。だが、その視線は鋭く厳しく、決して甘くはない。それでも、今日はなにも言われなかった。
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