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【2】俺は注意信号
ああ、イライラする!
なんでもっと上手く返せないわけ?
アイドル何年やってんの?
俺はヒットチャート常連のアイドルグループ、プレスト・サンク、通称プレサンのお茶目で可愛い担当を七年やってる木本春樹、お肌ピッチピチの二十一歳だ。
今日も今日とて、いてもいなくてもいいやつがインタビューでへぼってる。
ダンスは良いが、歌はイマイチで、バラエティ番組やインタビューがとにかくダメダメ。何年経っても上手くならない。向いてないんだから、いい加減アイドルやめちゃえば? と思ってる。
滅多にないアクションシーンのために日々身体を鍛えてる。筋肉バカ?
しかも怪我防止のためとかでバレエダンサー並みの柔軟さだ! 開脚180度ってなんなの。
そのせいだか、なんだか知らないけど、こいつ何故だか妙に男に好かれるんだ。
なのに気がつく気配がなくて、ネジがどこか一本足りないんじゃないか? って思ってる。
なんだろうか、天然?
ミドリンジャーまんまじゃないか!
小学六年生から俺は学校に行かなった。所謂、不登校ってやつに分類される。俺の顔が女みたいだって、しつこくからかう奴をぶっ飛ばしてやったら、相手の親が被害届を出すとか大騒ぎしやがった。子供も馬鹿なら親も大馬鹿だ。
ホンモノの馬鹿になるのはヤだったので塾には真面目に通ったが、馬鹿が伝染るのはヤだから学校へ行かなくなったってのが真相だ。
塾は夕方からだから昼起きて朝方に寝る生活になって、その中である戦隊モノにド嵌りした。
それが敵討戦隊ナントカ・ナルンジャーだ。
もう、名前からしてオカシイでしょ?
テキトウ戦隊なんとか、なるんじゃーってさ。
でもね、作ってる奴らは適当なんかじゃ全くなくて、内容も科学的で四次元、タイムパラドックス、ブラックナイト衛星、ダークマターだのと子供向けとは到底思えない内容でオタクファンも多かった。
登場人物たちが小気味よく飛ばしている会話もよく練られているし、決め台詞もおかしさ全開で、そのポーズもカッコよかった!
レッド「人生、悪いことばっかじゃねーんだよ!」
ブルー「この世を巨悪が支配しようとも」
ピンク「荒野に咲く一輪の花」
ミドリ「敵討」
イエロー「戦隊、さぁご一緒にぃ」
全員「ナントカ!ナルンジャー!」
レッド「ここに見参!」
SNSで仲間を見つけてキャラクターショーがあることを知った。
ショーは結構やってたから子供たちに白い目で見られようとも、チビにグッズを奪われようともお母さんたちに囲まれようとも行った。
だけど俳優出演の『素顔の戦士』公演は有料で滅多にやっていなかった。秋と春に数回あるだけなんだ。
がっかりしてると、大学生でオタク全開の俺の姉ちゃんがお手伝いすれば行かせてやるって、日当をくれるって、言うんだ。もう、OKするしかないでしょ? 『素顔の戦士』ショー行けるんだよ?!
そうして俺は約束の日、ピンクのウィグをかぶり学生服らしい衣装を着せられ、フルメイクの完全装備で姉ちゃんたちのブース前に降り立った。
そうしたら、あっという間に人だかりができて、びっくりした。
ナルンジャーみたいに、教えられたポーズをとれば、
涙を浮かべて、手を合わせて拝まれた!?
サービスでにっこり微笑んだら、カメラを持った人が爆増した!!
しかしそれが良かったみたいで一日だけの予定が全日程の三日間となり、日当も三倍に増えた!
その後、そのイベントの総括特集では俺の笑顔がトップページにデカデカと出てて、俺の心に仄暗い喜びをも植え付けた。
秋が来て、その軍資金と姉ちゃんの協力で、俺はついにキャラクターショーでない俳優出演の『素顔の戦士』ショー全日程のチケットをゲットした。
そしてそれは益々俺を沼に引きずり込んだ。
何しろ、生で見る『素顔の戦士』は迫力が違った。
音響も、仕掛けも、構成も、何もかもが想像を超えてたんだ。
しかもミドリンジャーが変身する前のアクションがナニコレ?! レベルで凄いんだ!
レッドやブルーも、みんなアクションシーンが派手で、決めポーズも決め台詞もかっこいいんだけど、翠は器械体操の選手みたいなバク転バク宙の連続で、もう完全に別モノだった。
なのに、毎回、なんにもないところでコケたりセリフを噛むんだ。ネタじゃない。
だっていつも違う場面だし、何より周りのレッドやブルーが素で驚いてるし、SNSのスレッドが盛り上がるんだ。それを知ってから、それがいつ来るか、いつ来るかと、ワクワクしてる自分がいたんだ。新たな逸楽にすっかりズブズブだ。
冬のイベントのお手伝いで軍資金を確保して、三月の『素顔の戦士』ショーに備えた。
もう、楽しくて、嬉しくて、公演が終わっても熱が覚めなかった。
そうしてその熱は俺をレッド、ブルー、ミドリのいる芸能事務所『1st Prize』がある新宿へと運んだ。
約束なんか取り付けてないから、ただ事務所の受付のお姉さんに持っていったもの履歴書とコスプレした時の写真を渡しただけになったが、すぐに面接の連絡がきた。なんてったって俺は可愛いからな。
そうして、八年だ。この業界の裏も表も見てきた。この仕事は俺にとっての適職だと心底思う。マネジャーやスタッフたちにどんなに扱い辛いと言われようとも、売れていればやりたいことがやりたいようにできるし、好きなように金も使える。新たにやらなきゃいけないこともできた。どんなことしたってここで生き残って成功してやる!
そう、そんな今、俺には分かる。
普段、無表情の黒沢がやつを見るときだけは、口角上がってるのを。
赤坂さんが、大人であるやつを歳の離れた弟さんたちにするように世話焼くのを。
月島さんも口うるさい癖にやつへの小言が十も二十も少なくて、気を許してることを。
メンバーだけじゃない。
ゲイを公言してる振付師の土屋先生もやつの振付には時間をかけてる。
やつの覚えが良いのに、だ。
俺たちのラジオ番組「サンサンプレサンデー」のプロデューサーも
これまでの作曲家の先生たちも
今回の久遠さんだってそうだ。
なんで一番の見せ場のソロ歌詞 "You're not mine, cuz I'm yours. " が赤坂さんでも俺でもないんだよ?
久遠さんって節操なしの両刀って噂じゃないか!
もう、イライラする!
なんで、今日に限って俺だけロケ入ってんの?!
早く、会場行かないと、アイツ絶対変な約束させられちまうじゃん。
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