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「ち、違う! 虐待なんかしてない! ただ、いつの間にか、傷が……!」
顔を青ざめさせた誠二郎が叫ぶ。
「しかし、妹さんは引きこもりで外には出ず、家の中にはあなただけ。虐待と判断されるのは目に見えています。少なくとも、警察や医者はそう判断するでしょう」
「違う、違う、違うんだ」
「……ええ、分かっています」
「…………え?」
取り乱していた誠二郎があっけにとられた顔をする。
「ネコ、放してあげなさい」
鏑井は捲っていた少女の服を優しく元に戻し、フード少女に指示を出す
「ハル、ハルぅ」
拘束が解かれ這うように妹の下へ向かう誠二郎。鏑井はそれを情けないとは思わない。どれほどみっともない姿を見せようとも守りたいと、そう思っているのだろう。
「驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、確認しておく必要がありました。その傷は虐待のものではありません。イジメ……厳密には呪いの類です」
「呪、い?」
誠二郎が眉根を寄せる。
「現代の人間は発達した科学技術のせいでコミュニケーション能力が低下している……そんな話を聞いたことはありませんか?」
「話、くらいは」
「最近の人間、とりわけ子供たちが面と面を合わせた会話よりもメールや電話、SNSと言った顔を合わせないコミュニケーションに傾倒しているのは確かでしょう。先程の言葉の真偽はともかくとして、その中で確実に発達した能力があります」
すっと鏑井が指した先は連れの少年。正確には、その手の中にある誠二郎の妹のスマートフォンだ。
「文面や声色から相手の心を推し量る力です。それはときに暴走し、込められた以上の圧力を感じ取り、またあるときは文字や声に自分の心を乗せる力ともなる……例えば、妬みとか」
誠二郎が一瞬、息を詰まらせた。心当たりがあるのだろう。
「そして現代のコミュニケーションツールは、そういった心根までをも相手に届けてしまえるほどに発達しているんです。そうして届けられた強い情念はやがて相手を傷つける呪いと化す」
「準備できた」
鏑井の演説に水を差すように、スマートフォンを弄っていた少年が告げる。
「始めて下さい」
「『次はいつガッコウ来んの』『早く遊ぼうよ』『こないだの話また聞きたいな』『返信欲しい』」
「なに? なんだ?」
「『新しいハサミ買ったんだよ』『また牛乳おごってやるからさ』『ノートもとってあるよ』『先生にも言ってあるから』」
「これ、まさか……?」
「ええ、妹さんへのイジメです」
「……!」
内容は一見するとただ心配しているだけにもみえる。だが、その裏側は違う。
引き込もってないで出てこい。
まだまだイジメ足りない。
そのための準備はしてあるぞ。
先生にチクるなよ。
第三者にはわからなくとも、見るものが見ればわかる。そういう類の言い回しだ。それが延々と続く。
そして朗読が続くに従い、誠二郎の妹の身体がびくびくと痙攣しだした。
「え? お、おい、何したんだ!? 妹が、ハルが!!」
「彼の言葉に反応しているんです。彼――コトはただの人間ではありません」
言葉には力が込められている。その力を扱い、あるいは具現化させる者。
『言霊使い』
その力に中てられ、メールやSNSに込められた怨念が反応しているのだ。
ベッドに横たわる少女の身体から煙のようなものが噴き出し、次第にその輪郭をはっきりさせていく。
大型犬程の大きさの胴体の長い四脚獣。前脚は鋭い刃物のようになっていた。
「これが、妹さんの身体を傷つけたモノの正体、僕らが『電脳かまいたち』と呼んでいる、呪いです」
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