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1.雪の日に現れたのは
彼がはじめて私が経営する喫茶店を訪れたのは、忘れもしない雪の冬の日のことだった。
こんな大雪の人、誰も来ないだろうと鷹を括り、私は女ひとりでのんびり経営してるのを良いことに、客席に陣取り、店の女性週刊誌をめくっていると、いきなり、カランと鈴が鳴り、ドアが開いた。
驚いて目をやれば、頭と体全体をぼた雪に湿らせた、トレンチコートにスーツ姿の男性が店のエントランスに立ってるではないか。
私は週刊誌を慌てて閉じた。
「あ、いらっしゃい……ませ」
男性は店の暖気で溶けた雪を、肩からポタポタと床に落としながら、誰もいないカウンターにおもむろに座った。その顔は寒さのせいか真っ赤で、余程雪で、身体全体が凍えて居るのだろう、と見てとれた。
それなのに、だ。
彼はすっかり悴んだ手を擦り合わせながら、白い息を吐くと私に向かって言ったのだ。
「コーヒーください。冷たいやつ」
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