都橋探偵事情『船路』

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「徳田君、うちの両親よ、自己紹介して」  道子が徳田にバトンを渡した。 「徳田英二、齢は満二十三歳です。職業は興信所の調査員です。来年の春に個人事務所を開業します。道子さんとは結婚を前提にしたお付き合いをしています」   徳田は父親の目を見て言った。 「お父さん、ここじゃあれだから上がってもらってお話聞かせていただきましょう」  母親が父親の怒りを和らげるように間に入った。しかし父親は玄関から動かない。 「興信所の調査員と言うのは俗にいう探偵だね、私はね、探偵もやくざもそれほど変わらないと認識している。だから探偵に嫁にやるのはやくざに嫁にやるのと同じだ。うちだけじゃない、親はやくざに娘をやらないぞ」  父親が自身の価値観で表現した。 「お父さん失礼じゃない、徳田さんはやくざじゃありません」  道子がきつい顔して父親を睨んだ。 「似てるけど違います」  徳田も曖昧な反論した。 「どこがどう違うのかね?人の化けの皮を剥いで報酬を受け取る。やくざの脅しとどこが違うかね?」  確かに父親の言う通りである。徳田もそれを認めている。 「僕には信念があります」 「ほう、どんな信念かな?」 「僕は桜木町で空襲に遭い家族も家屋も失いました。僕等孤児を助けてくれたのはやくざでした。運よく家族も家屋も残った方々からは駅で屯をしている僕等は蔑みの目で見られました。実は助かった僕も運がいいんです。死んでしまった子供等からすれば幸運であると気が付きました。神様に延命されたこの生涯を弱い者のために使おう、そのためには調査依頼の表だけではなく、その裏にいる本当の弱者を見つけ助けたいと決めました。それがやくざとの違いと言えば違いです。道子さんはそんな僕に好意を抱いてくれました。僕は道子さんを生ある限り守り抜き愛し抜く覚悟でご挨拶に伺いました」  父親が黙っている。徳田と道子は見つめ合っている。 「まあ、上がりなさい」  父親が言って奥に入った。 「さあどうぞ、でもこれからが正念場よ」  母親が徳田に上がるようすすめた。 「おおい、酒の支度しなさい。今日は難しい話は止めよう、新生日本が世界に発進したお祝いの日だ、小さな内輪話で揉めていては恥ずかしい」  父親が奥から怒鳴った。道子が笑った。 「ねえ、コートが随分と大きいけどうして?」  道子はずっと気になっていた。背広との色合いもよくないしそもそもダブついている。徳田のコートは擦り切れて土師が取り替えてくれた。確かに言われてダブダブが気になった。 「ああ、ごめん恥かかせたかな、探偵には探偵の事情があるんだ」 了  
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