都橋探偵事情『船路』

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都橋探偵事情『船路』

 大岡川と立派な名称だが川面はごみだらけ、大潮の日には流れきれないごみが黄金町辺りまで逆流する。その繰り返しにも馴れた川縁バラック建ての住民が家族総出で空を見上げていた。ジェット機が空中で旋回した。その軌跡に見事な五輪が描かれた。拍手喝采、子供は飛び跳ねる。 「おっかあ、一杯やるぞ。お祝いだ」 「あいよ」  普段は朝から酒なんぞ飲み腐ってと怒鳴る女房が今日は機嫌がいい。これ以上ない日本のお祭りである。  五輪観光で来日する外国人に見られると恥ずかしいからとこの辺りの屋台をまとめる計画により都橋商店街が建てられた。若い警官が都橋側階段から駆け上がる。宮川橋側階段から安物背広姿の若者がやはり駆け上がる。二人は商店街二階真ん中で合流した。 「ほら来た来た」  若い警官がジェット機を見上げて叫んだ。 「すげえな」  安物背広の若者が言った。  昭和39年10月10日土曜日今まさに東京五輪が開催された。 「まさかこの日本でオリンピックが開催されるなんてな」 「まったくだ」  安物背広の男は徳田英二二十三歳、若い警官は中西和美二十三歳、二人共横浜大空襲で親も家も失った。昭和20年五歳の時である。二人は燃え上がる街の中をこの川縁沿いを上流に向かい逃げた。転がる焼けた死体を踏ん付けながら運よく逃げ切った。そんな日本があれから二十年足らずで世界の仲間入りしたことを二人共誇らしく思った。    
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