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神の目線
オンラインでランダムに顔を合わせて話ができる『ランミー』。サイトに参加した人がランダムに選ばれて『マッチング』をする。ペンネームを入れるだけで参加が可能なため、気軽に始められると話題だ。
今回も、とあるランミー参加者が……。
マッチングは終了しているはずだが、誰も発言をしようとしない。参加者全員、様子をうかがっている。
今回のマッチング参加者で、唯一女性であるクレアは自分以外の全員が顔を出していることに驚いた。『ランミー』ではどんな人とマッチングするかわからないため、ここでは顔出しをしないことが当たり前となっているからだ。
自分以外素人なのかと思ったクレアは、このままでは埒があかないと思い、発言をした。
「えーと……まずは、順番に自己紹介から始めましょうか! ペンネーム『クレア』です。よろしくお願いします!」
顔の下半分は『ランミー』で設定ができるクマのアバターのようなものを使用しており、目元だけが見えている。髪は暗い茶色で軽く巻かれており、服は女の子らしいモコモコとした素材の淡いピンク色。背景は白を基調とした、かわいらしい部屋だ。
普段の声とは違う、高めの声で自己紹介をしたが、他の参加者は無言で反応が薄い。いつもの『ランミー』とは少し雰囲気が違うことに戸惑った。このままではなにも進まないと思ったクレアは、画面に映っている自分の隣の人を指名した。ちなみに、クレアは自分から見て画面左上になるため、隣の人は画面右上となる。
「では…次! ……『砂糖』さん!」
画面には、いかにも真面目そうな顔つきの男性が映っている。黒い短髪、黒縁の四角いメガネをかけており、服は少しくたびれた白のワイシャツ姿。その後ろには紺色のカーテンが映っている。
砂糖は少し緊張しつつも、ペコペコとお辞儀をしながら自己紹介をした。
「砂糖です。よろしくお願いします。あの……こういったものは初めてなので……よろしくお願いします……。」
自分の自己紹介がすぐに回ってくると思っていなかった砂糖は、一気に緊張し二回も同じことをいってしまったと、少し恥ずかしくなった。
「よろしくお願いしますー!」
そんな砂糖の気持ちを置いて、クレアは元気よく返事をした。他の参加者たちも発言はしないが、この場に慣れてきたのか軽く会釈をしている。
今回のマッチングは、進行役をしないといけないと察したクレアが、引き続き次の人を指名する。
「では次! スター……ジャスティス?」
「そうです。」
スタージャスティスと名乗る少年は満足気にうなずいた。
小学生くらいで、少し茶色がかったふわふわとした髪質だ。部屋が暗いのだろうか、背景は黒一色である。
「ふふっかわいいね」
クレアは少年が自己紹介するよりも先に、少年のペンネームに対し思わず笑ってしまった。いわゆる中二病というものだろうか。見た目は小学生くらいであるため中二病には早いと感じたが、あまりにもかわいらしいと思ったので、少しからかってみたくなった。
「スタージャスティスってペンネ―ムは少し長いから、呼び名考えちゃおっかな! うーん……あ! ジャスティスだから『池崎』っていうのはどう?」
クレアは我ながら上手いあだ名を考えられた、と心の中で自画自賛した。
「なっ……。」
スタージャスティス、もとい池崎は少しを面くらった。
「いいじゃん! 池崎くん!」
名無し男も笑顔で賛同した。砂糖は、笑ってしまってよいのかどうか悩むように、口元に手をやっているが、目元は笑っている。
池崎は顔を真っ赤にしつつも、冷静に努め反論をした。
「ぼ、僕は、宇宙からのカゴを受けた申し子ですよ! バカにしないでください!」
「え?」
池崎の思いもよらない発言に、三人が声を揃えて面くらった。すぐさま反応したのはクレアだ。
「えっ……と? 宇宙?」
「はい。」
当たり前だといわんばかりにうなずく池崎。あまりの真面目さに、クレアは池崎に対して愛らしさを感じた。
「そっかー! 宇宙からの加護? よくわかんないけどすごいねえ!」
池崎にはまだ現実を知らせるべきではない、今はこのままでいて欲しいと思ったクレアは手を合わせて褒めた。
砂糖と名無し男はこれでいいのかと少し困惑気味だが、クレアの圧に負けて苦笑いをした。
「え……」
池崎はクレアの思いもよらない発言に言葉を失ったようだ。とても驚いた表情をしている。クレアは目元を細めて微笑みながら続けた。
「池崎くんは、どうして宇宙からの加護を受けているって思ったの? なにか特殊能力が使えちゃうとか!」
「あ……はい! 使えます!」
やはりその類かと思ったクレアは、少し興味深そうに身を乗り出して画面に近づいた。
「すごーい! どんな能力が使えるの?」
宇宙からのカゴを受けている話は何度もしているが、誰にも信じてもらえなかった。今まではバカにする人しかいなかったため、褒めてくれたのがすごくうれしくなった池崎は少し興奮しながら嬉々として答えた。
「セケンてきにいうと、占いのようなものです! どんなことでもわかります! 宇宙のカゴを受けると、未来のことがわかったりこれから起きることがわかったりするんです!」
未来のことがわかったりこれから起きることって同じじゃないか、と砂糖は思ったが、あえて口出ししないでおいた。そんなことを砂糖が思っている中、クレアは相変わらず池崎をほめちぎっていた。
「未来のことがわかるの? すごいね!」
「いえいえ、そんなことは!」
「いつからなの?」
「それが、ある日突然なんですよ。」
「よく気づいたね!」
なんて会話を二人で続けていると、画面右下の名無し男が軽く手を上げながら発言した。
「あのー俺の自己紹介、まだなんだよねー。」
なんとなく存在感のある名無し男は、一言発言しただけで会話をもっていかれたという感があった。
そういえばそうだったと三人が思った。クレアがすかさず返事をする。
「そうですよね! ごめんなさい! 池崎くんの話で盛り上がっちゃった。」
頭をコツンとする仕草をしてかわいらしく謝った。
「では仕切り直して……『名無し男』さん! お願いします。」
名無し男は手をひらひらとさせながらクレアの言葉を受けた。
「えーペンネーム『名無し男』です。名前の通り名前がなくてさ。ないというか、わかんないというか。ま、よろしくー」
意味深そうな自己紹介をした名無し男。端正な顔立ちをしており、肩くらいまで伸ばした金髪で派手な印象だ。背景は先ほどの少年とは真逆で、白一色である。
「よろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
例にもれずクレアが真っ先に挨拶をしたが、その後に池崎、砂糖と続いた。
そして、少し申し訳なさそうに名無し男が謝った。
「ごめんねー、話してたのに。」
「いえいえ! こちらこそすみませんでした。」
クレアがペコっとお辞儀をした。砂糖と池崎もペコペコとお辞儀をしている。
「そういえば名無し男さん。 先ほどの名前がわからないって……?」
「ん? ああ、ほんとに名前がわからなくてね。記憶喪失ってやつ?」
名無し男は、普通のことのようにサラッ答えたので、冗談かと思った。すかさず名無し男は補足した。
「ほんとほんと。このランミーでさ、俺のこと知ってる人いないかなーと思ってよく参加してるんだ。ほら、ここってランダムでマッチングするからさ。」
「そうだったんですね。」
クレアの思いは他の二人も同じだったらしく、真剣な表情で名無し男とクレアの会話を聞いていた。
一瞬の沈黙のあと、クレアの目が少し見開いた。
「そうだ! 池崎くんならわかるかもしれませんよ!」
「ぼ、僕?」
「まさか……。」
砂糖は、池崎が宇宙の加護を受けているという話を本気だと思っているのか?と口を滑らせそうになったが、慌てて口をおさえた。幸い、三人には伝わらなかったようだ。
「ね! いい案だと思いません?」
「ああ……確かに。」
砂糖はさっきの失言をしまいと、中指でメガネを上げながら真っ先に返事をした。池崎は少し戸惑っているようだ。
「ぜひ! お願いしますー。」
手を合わせながら、笑顔で名無し男もお願いをした。
「ぼ、僕でよければ……。」
池崎は少し自信がなさそうだが、引き受けることにした。
「少し待っててください。」
池崎は少し画面から外れ、いつも近くに置いているタロットカードを手に取った。
「では、始めますね。記憶喪失の人の占いはやったことがないので……わからなかったら、すみません。ヒントとかはもしかしたらわかるかもしれないんですが……。」
画面からは見えないため三人には何をしているかはわからないが、慣れた手つきでカードを混ぜていく。そして、我流の置き方でカードをオープンしていく。池崎の占いは完全にオリジナルであるため、カードの本来の意味などは完全に無視している。
池崎以外の三人は、いつから記憶喪失なのかなど質問をしているようだが、話に進展はなかった。
「出ました。」
「おっ。」
砂糖はそんなにすぐ結果が出るとは思っていなかったので、思わず声を出してしまった。結果はあまり信用していないが。
三人が池崎の画面に注目する。池崎は自分の目の前にあるカードをみながら結果を伝えた。
「まずは、名無し男さんがどういう人なのかを見てみました。えー……一言でいうと、人気がある人みたいです。お金もたくさん持ってます。えらい人です。あと、お話が上手です。」
「へー、池崎くんすごい」
「ね! すごい!」
「なるほど。」
名無し男もクレアも占いの結果に関心した。砂糖も期待していないだけに、思っていたより詳しい結果に相槌を打った。砂糖はそれなら、と独り言のように発言をした。
「人気があるなら、この中の誰かが知っていてもおかしくないと思うのですが……。」
「たしかにー。 何回かこれ参加してるけど、俺を知ってるって人に会ったことないなあ。ま、いつもこの髪見てみんな恐がっちゃうからさ。」
名無し男は自分の髪をつまみながら苦笑した。
「私はかっこいいと思いますよ!」
「ぼ、僕も……。」
「あはは、フォローありがとうね。」
「もう少し占ってみますね。」
池崎はカードをいったん回収し、また並べなおした。池崎はその結果にとても驚いた。何回もやり直したが、結果は同じだった。
「名無し男さんのお兄さんが……砂糖さんかもしれません。」
「え?」
「えー!」
名無し男とクレアはとても驚いているが、砂糖は少し眉をひそめただけだった。
「僕の結果にはそう出ているんです! 今日、この時間に会うと。それはぐうぜんおきることで、僕がそれを教えることになるって!」
「そんなまさか。」
今度は砂糖が反応した。間髪入れずに池崎が早口になった。
「僕の占いは外れたことありません。名無し男さんと砂糖さんは小さいころ、はなればなれになっていませんか?」
砂糖は少し考えるそぶりをした。
「……確かに、俺には弟がいると聞いたことがある。でも、こんな偶然あるわけが。」
「だから! その偶然が今日起きたってことですよ!」
クレアも嬉しそうに身を乗り出している。
「砂糖お兄さん! 弟です!」
「……やめてください。」
「なーんだ、ノリ悪いなあ。」
「言われてみれば、顔もどことなく似ているような……?」
「クレアさんもですか……。」
いい感じに会話が続いたが、クレアがふと時計を見るともう遅い時間になっていた。
「あ! すみません……私そろそろ寝なきゃいけないので……。」
「そうだねー結構遅い時間になっちゃったねー。池崎くんもいるし。」
「僕は気にしなくてだいじょうぶですが……そうですね。」
「では……解散ということで。」
池崎を除く三人は占いを全く信じていなかったため、あっさりと解散となった。それぞれ、『退室』ボタンを押した。そもそもランミーでは連絡先の交換など、個人情報のやりとりは禁止されているため、この先の進展は見込めないのだ。
だが、池崎がのちに絶対当たる占い師として名を馳せることになるのは、まだまだ先の話である。
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