芳香は人の心を楽しませる

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 ヨエルの笑顔を見てディオンはふと思った。  初めて見た時、その神々しい美しさに目を奪われたが、天界にあってはヨエルのこんな表情は生まれなかっただろう。  人の顔に浮かぶ表情の中で一番美しいのは笑顔だ。  悪魔であるディオンでさえ、そう感じる。  人間だからこそなのか。  だとするならば、人には神に生み出せないものを生み出す力があるという事なのか。  「ディオン、何が可笑しいの?」  「え?別に。」  「だって今、笑ってた。そんな表情初めて見たよ。学舎を出た後、挨拶した時は仏頂面だった癖に。」  ディオンは鏡で確認したくなった。   それにしても、此方を窺う瞳の何と美しい事か。   下界仕様の為、ヨエルの美しさは大分弱められている。  日本という国に降り立ったので髪色は黒。  この国の人々に馴染む違和感のない外見。  ディオンの姿も同様だ。  だが、互いの瞳の奥に映る姿は何も変わっていない。  背に折り畳まれた真っ白な翼が、今だって光に透けて見えていた。   「今日こそコンビニで何か買おうよ。」  切符を買って電車に乗ると、子供のように窓の外を眺めずにいられない所は二人とも同じだ。  
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