芳香は人の心を楽しませる

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 そのうち、全く別の道を真っ直ぐ進み始めたので吸い寄せられるようにヨエルも後に従った。 ───  慌てているという自覚さえないディオンは、自分の嗅覚が優れている事をすっかり忘れていた。  だが雑貨屋に置かれた甘ったるいバニラの芳香剤で思い出した。  ヨエルの香りを追えばいい。  犯人の男は本多劇場の前を過ぎ、数組が行列を為すカレー店の前を左に曲がると、暫くして小道に入った。  進むごとに人の姿が疎らになっていく。  やがて道は溝渠(こうきょ)でぶつりと途切れた。  男は錆び付いたガードレールを掴み溝渠をじっと覗き込んでいる。  道路を叩く雨が溝渠に流れて行く。  その様子をヨエルは斜め後ろで見守っていた。  男がパーカーの中から新聞紙でくるんだ何かを取り出した。  ヨエルの足が動きガードレールに肘を付いて覗き込む。  「あ、何だよ!お前!」  「僕は天海清と言います。」  名を聞かれたのだと思い、礼儀正しく名乗った。  「ふ、ふざけるな!」  犯人が手に持った新聞紙を上に上げる。  青白い顔に血が上り、赤く変化するのが興味深く、ヨエルは微笑した。
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