芳香は人の心を楽しませる

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 「何が可笑しい。」  辺りに人の姿は無く、空は暗い。  男の顔が益々紅潮して、怒りを露に新聞紙を荒々しく引き剥がす。  下から鋭い包丁が現れた。  ひたすら男の行動を見守るヨエル。  カーカーとカラスが鳴いたのに一瞬だけ視線が逸れるが、再び男に温かい眼差しを戻す。  「馬鹿にするな!」  全く動じないヨエルに男は苛立ち包丁を振り上げた。  「ヨエル!」  ディオンの叫びが静寂を震わせた。  ヨエルが振り返る。  大柄なディオンの出現に犯人は激しく動じた。  ディオンは夢中で走った。  そして雨で濡れた道に足を取られ、思い切り尻餅を付いてしまった。  「いってぇーー」  始めて味わう痛みに呻く。  涙が滲んだ。    溝渠に向けて傾斜した道。  ディオンの手から離れたプラスチックのカエルの椅子が勢い良く濡れた路面を走り、よろけた犯人の尻が上手く収まった。  と、思ったら小さな椅子は受け止めきれず後ろに倒れる。  その拍子に男の手から包丁が離れた。  回りながら路面を滑っていく。  「アイツだ!アイツを捕まえるぞ!」  職務質問した刑事達が走ってきた。  ずっとディオンを怪しみ、尾行して様子を窺っていたのだ。  刑事達が犯人を取り押さえる。
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