汝の敵を愛せよ

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 「カブキ知ってる。白い顔に赤い線を引いた人達が、もう此の世にはいない人達の物語を舞台で演じるんだよね。話しは良く分からないけど、苦しそうな顔と着ている服が面白い。彼処に行けば、そういう人達が沢山いるのかも。行ってみようよ。」  ディオンは、歌舞伎役者は絶対に歩いていないと確信していた。  でも、ヨエルが行きたいと言うのだから仕方がない。  それにしても、空腹の二文字がネオンのように頭の中で点滅している。  人間の三大欲求の一つが彼を呑み込もうとしていた。  信号を渡りながら嗅覚を研ぎ澄ませる。  食べ物の匂いが方々から漂ってきた。  「お兄さん達、これからですか?二時間の飲み放題付きで今ならこの値段でお席御用意出来ますよ。メニューはこんな感じで、うちは地獄と天国をイメージした店内で、色んな料理あるんですよ。タコスに肉じゃが、ピロシキ、ビビンバ、エスカルゴ、どうっすか?どうっすか?」  歌舞伎町に入って直ぐの所で「天国と地獄」という居酒屋の店員に声を掛けられた。
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