メモリーズ

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 ひと粒のキャラメルほどの黒い箱がある。重さは消しゴムよりも軽い。  これで約1年分の容量が入るという、メモリーボックス。  このメモリーボックスを脳内に埋め込む手術を施すと、将来痴呆症になった時や、病気で記憶障害になったとしても、安心安全だと(うた)われている。  忘れたくない記憶、大切にしたい思い出。例えば自分が生まれてきた時の記憶にまで(さかのぼ)って、メモリーボックス内に収めることができるとも言われている。  それを上手に使っている人などは、自身の葬儀の時に映像として皆に見てもらうことも可能とも。  結婚式によくある、生まれてから伴侶と知り合って結ばれるまでの映像。見たくもないのに見せられる、のロングバージョンだ。  人間ではなく機械に例えるとしたならば、飛行機等に搭載されているブラックボックス、あの類だ。  思い出を取捨選択。  収めますか? 収めませんか?  収めます、でメモリーボックスへ。  収められなかった記憶は脳内に留めるか、メモリーボックス機能により、脳内からの削除を選択することができる。  田島源一郎 95歳。大手製薬会社、元会長。  多少の物忘れはあるものの、身体はいたって健康である。  ただ寄る年波には勝てず、近年は風邪を引く度に直りが遅いのを感じ始めていた矢先。  メモリーボックスなるものをテレビCMにて知った。  忘れてしまいたいものほど、忘れられないものである。  忘れたくない楽しい記憶ほど、セピア色に枯れ果てていく。  別に葬儀に使いたいなどとは思わない、ただ自分もいずれ肉体的にも精神的に滅びていく、その前にほんの少しでいい。  留めておきたいものを鮮やかに残し、残りの人生ゆっくりとそのメモリーを眺めていたい、そう思い始めたのだ。
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