メモリーズ

3/8
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 95歳での埋め込み手術は無茶だとかかりつけ医に反対をされた。  家に寄り付きもしない息子たちには失笑をされ呆れられたが、彼の欲望は留まることはなかった。  メモリアルトラベル社からも再三の説明と説得があったものの、源一郎の強い希望により手術は決行された。 *この手術において、今後どのような障害が起きようとも自己責任であり、病院・家族・メモリアルトラベル社には一切の責任はございません。      田島源一郎  10歳×約1つのメモリーボックスが推奨はされているものの、そうなると源一郎は10も必要となる。  だがしかしメモリーボックスを10も埋め込む手術など前代未聞の試み、脳に傷をつけないように納めなければいけないのだ。  記憶を司る海馬とそのボックスを繋ぐ特別な配線の手術、1つを繋ぐにも時間は相当かかるのに10なのだ。  減らせば良いのでは、という周囲の言葉には耳も貸さずに推奨数のメモリーボックスを希望した。  その結果手術にかかった時間はおよそ8時間にも及んだ。  だがしかし心臓の丈夫な田島源一郎の肉体は、その長い手術にも十分に耐えることができたのである。 「田島様、そろそろ使用方法の説明をしていきたいと思います、よろしいですか?」  術後10日目、特別病室で手厚い看護を受ける源一郎の元に、メモリアルトラベル社の取り扱い説明部部長と名乗る男と、その部下の女が現れた。  部下はベッドに小さなテーブルをセッティングし、一台のノートパソコンを置いた。  その間に男は田島の両のこめかみに、電極パッドを貼り伸びた配線を、そのノートパソコンに繋いだ。 「メモリ映像の再生速度は通常・2倍・6倍・10倍・30倍から選べます。日付時間で観たい場面から操作可能。パソコン内オンライン上での作業となります。それからメモリーボックスに記憶を留めたい、不要、あるいは削除、取捨選択をするのは田島様ご本人です」  本日は使い方の説明だけです。私どもが田島様の記憶を覗き、操作することはございませんので安心下さいね、と部下の女は優し気に微笑んだ。  源一郎はその女の笑顔に、老いらくの恋をするようにトクンと胸が(うず)いた。  ああ、この思い出は後でメモリーに入れておかなければなるまい、と密かに思う。  説明書、困った時の24時間安心ダイヤルなどが記された書類一式を手渡され、最大でも1日5時間以上の操作は推奨できないなどの細々とした注意事項を一つ一つを確認し署名捺印。  その1週間後、いよいよ源一郎は退院をし自宅へと戻る。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!