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退院後すぐに、パソコンの使い方に慣れるため、模擬メモリーをオンライン上で眺め取捨選択技術を学ぶ。
ここからここまでと切り取りマークをつけた記憶を、一度メモファイルに貼り付けて選択をするのだ。
削除機能はその時は使用することはなかった。なぜならば注意事項にも本当に忘れたい記憶だけにと書かれており、署名捺印したのを覚えていたからだ。
95年にも及ぶ記憶は整理するのに10年はかかるだろうと言われている。
だがしかし源一郎にとっては、そんな時間は苦に思えなかった。
それよりも、10年も自分の若かりし頃の思い出や関わった人々の顔や、声を鮮明に思い出せるのだから、喜びの方が大きいに違いない。
生まれた時の記憶、自分には覚えのないもの。
手始めにそれを覗いてみようと思い再生日時を入力、電極パッドを繋ぐ。
記念すべき最初の映像は通常速度で。何ともいえぬ期待で、胸を弾ませ食い入るように画面を覗き込む。
――――――キリトリ――――――
源一郎を見下ろす、その顔は母だった。
彼がこの世に生を受けて、数時間後のようだった。
「やだ、どうしましょう。あの人に全然似ていないわ、どうしましょう」
クスクスと意味ありげに笑った母は。
「まあ、バレることはないでしょうよ、私さえ黙っていれば」
高笑いをした母は、生まれたての自分に向けてキセルの煙を吐いた。
――――――キリトリ――――――
映像を止めた源一郎の額に、じわりと脂汗が浮かんだ。
嫌なものを見たような気がして目を閉じる。
母の発した言葉の意味を、それ以上知りたくはない。
メモにそれを貼り付けたまま、次の記憶を辿る。
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