メモリーズ

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 それは源一郎にとって初恋の甘い記憶だった。  大きな屋敷に住んでいた源一郎にとっての初恋は、5つ年上の女中の花子であった。  彼女は大きな瞳で朗らかに笑い、『源一郎坊ちゃん』と彼の名を鈴を転がすような声で呼ぶ。  白檀(びゃくだん)の香の好い匂いをまとわせた色白の花子。  甘酸っぱいその記憶であれば、先ほどのような苦い想いを取り消せるだろう。  日付を合わせ、今度は2倍速で記憶を辿る。 ――――――キリトリ―――――― 「源一郎坊ちゃん、おかえりなさいませ。本日はお早かったのですね」  15歳の記憶。  学校から帰ったあたりだろう、日は暮れ始めた自分の部屋で、着物姿の花子がベッドにシーツを張っていた。  西洋かぶれの源一郎の父の影響で彼の自室もまた西洋風であった。  一瞬笑顔で振り返った花子は、すぐにまたシーツの皺を手で丁寧に伸ばし始める。  部屋には花子の匂いが漂い、艶めかしくこちらに突き出た大きなお尻、後れ毛の垂れた色白のうなじや、細くしなやかな指先に初めての色欲が高まった次の瞬間。 「や、止めて下さい、源一郎坊ちゃん!! お止めになって」  泣きながら逃げようとしていた花子の頬を叩く自身の手。  着物の合わせを無理やりに開き、乱暴に花子を組み敷いた。  天井を見つめ諦めた表情をした花子の目から、流れ出す涙を見ても止まることのない情火。 ――――――キリトリ――――――  あまりの惨状に震える指は、中々停止ボタンを押せず、最後の最後で花子の虚ろな表情を映し出しようやく止まる。  息づかいが荒いのは年甲斐もなく興奮したからではない。  自分の犯した罪に恐れ(おのの)いたせいだ。  ああ、そうだ、この後花子は仕事を辞め故郷へと戻り、精神を患ったまま若くして亡くなったと伝え聞いていた。
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