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今日も太陽がギラギラと照りつけ、35℃超えの猛暑日だった。
でも足りない…。
エアコンの温度を最大限にしたが、これでは外よりも涼しいぐらいだ。
私は石油ストーブを引っ張り出した。灯油は確か昨冬のが残っていたはず。
暖炉にも薪を入れて、スイッチを入れた。
「今晩は、あなたの大好きなクリームシチューよ。これで、暖まって。」
私は震える手でスプーンを持ち、皿に盛ったシチューを掬い、夫の口に入れてやる。
飲み込めない夫の顎を持ち上げ、無理やり流し込む。
それを何度か繰り返し、皿が空になったときに私は体温計を夫の脇に挟んだ。
検温終了を知らせる電子音が鳴り、表示された数字を見て、がっくりした。もう体温が1度下がっている。
私は家中にある毛布という毛布を集め、夫に被せた。
それから、また体温を測る。効果が出るどころか体温はさらに0.5度下がっていた。
私は夫とは真逆で汗が止まらない。熱中症防止に購入していた経口補水液を飲み干す。しかし、効果はない。手の震えはさっき夫の首を絞めるのにことのほか力が要ったからだろうが、全身も悪寒で震えてきたのだ。
私は服を脱ぎ捨て、自分の体温で夫を暖めることにした。
そうしても、お互いの温度は反対の方向に加速するばかりだった。
次に検温した時にはエラーになり、測定不能になっていた。
「あなたが結婚の誓いを破ったからよ。問い詰めたら、離婚だなんて、おかしなことを言い出すから。これで、あなたは私以外の誰も愛せないでしょう?
私はあなただけを愛しているのよ。」
***
そこに存在していた建物は全く原型を留めていなかった。
全焼だった。
その焼け跡から見つかった2つの男女の遺体。
「こりゃあ、どうもここに住んでいた夫婦のようだな。奥さんが旦那を殺して、自分も息絶えたのか?」
遺体は焼け焦げてはいたが、夫と思われる遺体の首に絞められた痕がある。夫の周りには布らし物が山ほどあったが、妻の方は全裸だったようだ。
「旦那の方の死因は絞殺か扼殺だろうな。どのみち、検死が入ればわかるだろうよ。ただ奥さんの方は解剖することになるかな。」
「これ、何でしょう?体温計に見えるんですけど。」
「妙な物が落ちてるな。まあ、でも事件には関係ないんじゃないか?ここはもういいだろう。増田、署に戻るぞ。」
私たちは早々に引き上げることになった。
この火災で青酸カリ特有のアーモンド臭は完全に消えていたし、嫉妬深い奥さんのお蔭もあって死因はカムフラージュすることができた。
仕事の鬱憤を晴らすために引っかけた男がたった一度の情事のあと、ストーカーのように私に纏わりついていたことは誰も知らない。そもそも男とは連絡を取り合っていなかったのだから、スマホにも私との関係を示すものは残ってはいないはずだが、盗撮でもされていたら大変だ。私は遺留品の捜索をするフリをして、小橋警部補の目を盗み、男の物と思われるデジカメとスマホをバッグの中に素早く収めた。当の本人はもうこの世にはいないのだし、これで足が付くことはまずないだろう。
私は軽い足取りで、焼け墜ちた洋館を後にした。
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